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第50話 3匹の雄ネコ③
酒屋の主人に教えてもらったバーは、新宿三丁目の細長い雑居ビルの地下にあった
コンクリート打ちっぱなしの味気のない階段を降りると、鉄の格子窓がはまった木製のドアがあり、openの札がかかっていた
アットは新規の客らしく、控えめにドアを開けた
「いらっしゃいませ」
店内はビルの外観から想像した通りの狭さだった
カウンター席5つ、二人がけのテーブル席が2つ
店員も一人しかいない
「お兄さん、初めての方だよね?」
「はい。大丈夫ですか?」
「どーぞどーぞ。若くてかっこいいお兄さんは大歓迎だよ」
「あ…」
アットの口から漏れた声を聞いて、店員もすぐさま理解したようで、
「あっ…っていうことは…そういう店だってのは知らなかった感じかな?」
と苦笑いした
アットは一瞬でも動揺したことを後悔した
そして、動揺を隠すためにコホンと咳払いをして
「幸田酒店から教えてもらって。この人を探してるんですけど…」
店員に写真を見せると、すぐに
「ああ、長谷川さん」
と言った
1軒目で当たりなんてツイてると思ったが、それだけ顔が広い男ということでもある
調べるなら思った以上に用心が必要かもしれない
アットは声のトーンを上げた
「そうそう!長谷川公博さん。友達が六本木のクラブで会った時に新規オープン店を手伝うって話になったらしいんだけど、名刺無くしちゃったみたいで。事務所の場所とか調べても出てこないし、この界隈のひとなら知ってるだろうから暇なら聞いて来てって言われて…」
店員は店内には自分とアットしかいないにも関わらず声を落とした
「新規オープンって、例のお店?」
「いや、俺は詳しくは知らないんですけど…ご存知なんですか?」
「そうなんだ?プッシールームっていう、女の子がオナニー見せる店は知ってる?それのゲイ専門店作るから、キャストやりたいコがいたら紹介してって言わたことあるよ」
「それはいつ頃ですか?」
「うーん?1か月前くらいかな?そろそろオープンするんじゃないかな。あ、お兄さんも興味あるならやってみたら?人気でそう」
店員がニヤリと笑った
「いや、俺はそんなんじゃ…」
アットが否定しきる前に、客が立て続けにやって来て、店員はアットの前から離れてしまった
このまま何も飲まずに帰るのもマナー違反だろうと、アットは壁にかかったアルコールメニューを見た
その時、
「ここいい?」
と、一人の男性がアットの隣に座った
「は…い…」
鮭児 のことを好きだと自覚してから、自分がゲイだと意識したことはあった
だが、自分以外の人間の中にもゲイがいて、自分がその対象になるかもしれないとは今の今まで想像すらしていなかった
相手は優しそうなサラリーマンだった
まだお酒を頼んでいなかったアットのために店員を呼んでくれた
「じゃあ、モスコミュールで…」
店員が意味ありげな視線を二人に投げ掛けた
そして、モスコミュールが入った銅製のマグカップの持ち手をアットに向けるタイミングで「キクチくんはオススメだよ」と言った
「ちょっ…マスター!」
隣のサラリーマンが店員の口を押さえた
彼が【キクチくん】らしい
「いや、大きなお世話かもだけど、君、初めてっぽいから。だったらキクチくんみたいなタイプがいいんじゃないかなーと思っただけ!」
「もう!余計なこと言わないでください!」
キクチに追いやられて、マスターはカウンターの反対側に行ってしまった
「え…っと…」
キクチが気まずそうに首筋を掻いた
そして、おずおずと
「あの…初めてって、本当?」
と聞いた
アットはうつむいたまま、「はい」と答えた
※※※※※※※※※※※※
マサトはアットが調べた情報を元にプッシールーム2号店のスタッフの面接に来ていた
幸い飲食店やカラオケ店の経験があったため、すぐに面接してもらえることができた
驚いたのは、意外にもバンドマンの経験が有利に働いたことだった
「スピーカーとマイクを設置する予定なんですが、いいものを使いたいと思ってて、そういう機器に慣れてる人のほうがいいので」
と、面接相手は言った
その面接相手が、当時18歳のリンだった
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