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第63話 三毛③

「でも、俺だってエチゼンの嫁には負けるしなあ」 九がパイナップルの刺さったストローでアイスティーを飲みながら言った 「それ、タグつけてインスタあげていい?」 コノエが九にスマホのカメラを向けた 九がストローを咥えてポーズをとった 「お前の仕事なんだっけ?」 「バチンコの店員」 「タグつけ禁止な。代わりに俺がお前の写真あげてやるからそれで勘弁して」 九とコノエがわいわいやっている隣で、先ほどの九の発言を拾ったアヤメがエチゼンにトスを上げてきた 「エチゼン嫁できたの?!知らなかった」 「はあ…嫁って言うか…」 「確かにかわいいよね」 「タキさん知ってるの?」 「アヤメくんも知ってるよ」 アヤメが固まった 「え…まさかタカスギ」 ギャハハハハハー 九とコノエの笑い声が響き渡った 「タカスギだったらおもれーけど」 二人はお腹を抱えて笑った 「違います!当たらずしも遠からずですが、全然違います!」 エチゼンはアヤメではなく九とコノエを睨み付けた 「ヒヤさんです。ちょっと色々あって…」 サタゼンジが店で暴れて捕まった日、確かにアヤメは休みだった 最近、アヤメは就活準備で出勤自体が少なくなっていた 「アヤメはコタ、九はトワさん、ミナミさんも彼女がいるだろ?残りは俺とタキだけじゃん」 名前を出されてもタキはニコニコと笑っている 「俺もかわいー彼女ほしー…」 ミナミがフードを運んできた ランチ/カフェ/ディナー営業のくくりがない店で、遅い食事を取る客もいれば、スイーツや飲み物だけという客もいた コノエは仕事前と言うこともあって、腹持ちのよさそうなハンバーガープレートを頼んだ ピンが刺さったデカいBLTハンバーガーにかぶりつこうと口を大きく開けたちょうどその時、視線の先にいる客と目が合った 「うおっ!」 声が漏れると同時に、ハンバーガーからトマトが落ちた 「なんだよ、汚いなあ」 九はフローズンパフェなるものを食べながら、冷ややかな目でコノエを見た コノエはその客から目が離せなかった マッシュルームカットに近い丸いボブにパッツンの前髪 真っ赤な口に、かわいらしい鼻、意思の強そうな真っ黒な瞳が丸いサングラスの奥から覗いている 「俺の嫁、いたわ」 コノエは手と口を拭くと、フラフラとその子の席に近づいていった 「こんにちは」 コノエが近づいていく間もその子はコノエから目を反らさなかった コノエはその瞬間、イケると感じた 「ここ、いい?」 コノエが聞くとその子は控えめに頷いた 「さっきから見られてる気がするんだけど、俺ら会ったことあったっけ?」 コノエは椅子を引いてその子の目の前に座った 「何アレ?」 九がコノエの背中を見送って言った 視力が弱くて目を細めるため、にらんでいるように見える 「ナンパでしょ」 エチゼンが吐き捨てるように言うと、アヤメが 「コノエさんってああいうのがタイプなんですねー」 と言いながら、コノエが残していったハンバーガーについていたポテトを食べた 彼女の名前は「アキラ」というらしい 歳はハタチ、芸大生 秋葉原のメイドカフェで働いている プッシールームの控え室でコノエはスマホをにらみながら、アキラに送る初めてのメッセージを考えていた 「やばい。全然考え付かない」 それぞれがひと仕事を終えて、マチマチに控え室に戻ってきていた 「さっきの子ですか?」 「そ。何を打てばいいか全然わかんない。4つも下だからか?」 「違うでしょ」 コノエの付き合いの幅の広さをアヤメはよく知っている 「こんなに悩んでるコノエさん初めて見ました。そんなにタイプでした?」 「タイプだったー」 コノエはアキラの顔を思い出した 顔やスタイル、ファッション、全部がストライクだった おしゃべりが苦手そうなところもかわいいし、たまに「うんうん」とコノエの話に同意するときの照れてるような泣き出しそうな顔が (下半身にクるやつ…) コノエがニヤニヤ笑っていると、アヤメが「ストレートにデートに誘ったらいいじゃないですか。コノエさんのこと嫌がる女の子なんていないでしょ」 「アヤメ好き。指名していい?」 「止めてください」 アヤメの一言で吹っ切れたコノエは、トトトと一気にメッセージを打った

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