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第143話 別れの季節①

エチゼンがいつも通りコンビニ弁当を買って帰ると、ヒヤが待っていた 「おかえり」 ヒヤは1か月前までよくそうしていたように、リビングのソファに座っていた 「あ…うん…」 エチゼンは視界の中にヒヤを捉えながらキッチンで手を洗った 「時間かかっちゃったけど、明日出てくね」 「…うん…」 「このまま出ていってもよかったんだけど、コースケにどうしても言いたいことがあって…」 エチゼンは腹を括ってヒヤの横に座った 何か言おうとしても、何も出てこなかった 冷たい沈黙が流れた 「俺、昼間の仕事に就くことにしたよ。もうエチゼンがいなくても、多分大丈夫」 思いがけない報告に、エチゼンは顔を上げてヒヤを見た ヒヤは女の子のようなかわいい顔でニコニコと笑っていた 「…仕事って…」 「うん。ゲームセンターの店員。俺ゲーセン好きだから」 「どこの?」 「とりあえず新宿だけど、チェーン?っていうか全国にあるところだから、ヘルプとかで神奈川や千葉とかの他店舗にも行くかもって言ってた」 「バイトじゃないの?」 「よくわかんないんだけど、準社員?みたいな?一応住宅費も出るんだよー」 そう言ってヒヤは物件のチラシを見せた 「自分で探してきたの?」 「うん」 そこは、東中野の駅から歩いて10分程度のワンルームマンションだった エチゼンは、1年前に同棲用の部屋探しをしたとき、ヒヤが出した条件を思い出しながら一つ一つチェックしていった 「オートロックないじゃん」 ヒヤはセキュリティには固執していた AV俳優時代にストーカー被害に遭ったことがあるからだ 「引退して1年以上経つし、もういらないかなって」 「1階は嫌だって言ってた…」 防犯上の理由と虫が出るから 「うん。でも1階は安いしね」 「駅からも結構歩くし…」 駅から徒歩5分以内の物件しか内見に行かないと言い張っていた 「5分違うと値段がだいぶ違うんだよ」 そんなこと何度も言ったじゃないか 「築30年?!」 前は築5年以内のきれいなマンションに住みたいと目を輝かせていたのに 「水回りはリフォームしてあって、バストイレ別だし、ウォシュレットもついてるの」 ヒヤは自分が見つけてきた物件を誇らしげに自慢した エチゼンは、自分がヒヤにしてきたことは間違いではなかったとわかり、涙が込み上げてきた 野に放したら、人に踏まれたり天敵に食べられたりして、すぐに死んでしまうヒヨコのようなヒヤを、エチゼンは大切に大切にしてきて、いまやっと手を離れたのだと知った これが愛かと聞かれたらわからない だけど、大切に思っていたのは本当だ エチゼンが鼻をすすると、ヒヤがうろたえてティッシュ箱をとって寄越した ヒヤは、ティッシュを丸めるだけ丸めて拭くことをしないエチゼンを見ていたが、やがて、 「泣かないで。俺、コースケに泣いてほしいわけじゃないんだ。本当に、感謝しかないから…今まで僕を愛して、支えてくれてありがとう。それだけ伝えたかった」 そう言ってボストンバッグを手に立ち上がった エチゼンは泣き顔を見られたくなくて、顔を上げることができなかった パンパンにつまったボストンバッグは相当重いのか、ヒヤはバランスを崩しながらもヨロヨロと玄関に向かった その後ろ姿はあまりに細くて頼りなかった エチゼンは、上り框に座って靴を履くヒヤの横に置かれたボストンバッグの持ち手をつかんだ 「…荷物持つから。駅まで送るよ」 ヒヤの靴を履く手が止まった 「ヒヤ…?」 ヒヤの肩が小刻みに震えていた 「…俺、もう、コースケに重いと思われたくなくて…でも…」 絞り出すような声だった サタに襲撃された時だって涙を見せなかったヒヤが、いま目の前で泣いている エチゼンはヒヤの肩に手を置いた ヒヤの体がピクリと動いた エチゼンは、どうしてもヒヤの顔が見たくなってヒヤの肩を引っ張った ヒヤの顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた そのあまりの可憐さに、エチゼンが目を離せないでいる間にも、ヒヤの頬にいく筋も涙が流れていった 「俺、別れたくないよ…」 ヒヤの全身から塞き止めていた感情があふれ出ていた エチゼンは自分にすがりついて泣くヒヤを抱き締めてキスをした

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