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第156話 ペルシャの前夜①

11月になった 「タキさん」 外苑東通り、乃木坂駅交差点の少し手前に愛車のボルボXC40を止めて、緑人は運転席の窓から歩道のタキに声をかけた 歩道から駆け寄ってくるタキの頬が心なしか紅潮して見えて、緑人のテンションも上がった タキと会えるのは月に1、2回、夜から朝にかけてが常だった しかしその日は仕事の急なキャンセルがあり、翌々日の朝までフリーとなった 急遽、1日で行って帰ってこられそうな温泉地に宿を取り、初めての旅行に行くことになった 「お仕事は大丈夫でしたか?」 「最近は店に出ることはほとんどないから…」 「ゲームも買いましたよ。よくできてます」 「緑人くん、ゲームするの?!」 「しますよ。俳優始めてからは時間ないけど、ゲーム雑誌に寄稿したこともあります」 緑人は、タキがシートベルトを締めたのを確認して右にハンドルを切った 「旅行なんて久しぶり。誘ってくれてありがとう」 タキが前の車のテールランプに目を細めながら言った 東京から温泉地までスムーズに行けば2時間強 それでも着くのは夜10時を回ってしまう 最近、タキといると夜がもっと長ければいいと願ってしまう 「明日の夕方までには送り届けますけど、2泊で取ってあるのでゆっくりできると思います」 「お気遣いありがとう」 急な誘いだったにも関わらず、タキは電話口で「行きたい!すぐに支度して向かうね」と言った 明日の夜に大事な予定があるというが、それでも急な誘いに嬉しそうに応じてくれて、緑人は電話を切った後からその高揚が伝染した状態なのだ 首都高に入りそのまま厚木ICまで東名を走る 東名の交通量を見て、これなら軽い渋滞で済みそうだと緑人はハンドルを握りながらホッとした 新幹線で行けばその間も二人でゆっくりできるが、自分が有名人だという自覚はある タキが例え今をときめく作家であって、緑人にとってプラスイメージに働くとしても、いまはスキャンダルは避けたい その時ふと、自分の考えの違和感に気づいた (【今は】ってなんだよ。タキさんが男って時点で一生アウトじゃん…) 緑人は横目でタキを見た こんなきれいな人が男だって、誰がわかるというのだろう 「…タキさんって、女性に間違われたりします?」 「え…何?急に」 「いや、女性で押し通せないかな~と思って」 タキは目を丸くして緑人を見た 「何を?」 「こ、交際宣言とか、け、結婚会見とか…」 「はぁ?!」 タキのきれいな顔が一瞬で崩れた そして、すぐにお腹を抱えて笑った 「君は本当に面白いね」 「年下扱いはやめてください。半年遅いだけじゃん」 緑人は思いきって敬語をやめてみた 「そうだったそうだった。あーごめん。笑いすぎて涙が出る」 タキは目元をハンカチで拭った 「確かに、ちょっと試してみたい気もするよね。別に性別公表して生きてるワケじゃないんだから。黒滝邦(くろたきほう)だって、みんな男だと思ってるけど、緑人くんと結婚したら『女だったんた』って思うかもしれない」 「だろ?黙ってればわかんないって」 車がひっそりと寝静まった熱海の市街地を通り抜け宿に着いたのは、ぴったり10時だった

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