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6 はしゃぐ大型わんこ後輩アルファ

 ラブホというのは、部屋によってお値段に開きがあるらしい。 「年末も締まりましたし、少し奮発しちゃいましょ、安田先輩」 「ちょ――」  俺が止める間もなく、高井が一番高い部屋のボタンをピッと押した。するとカードがスッと出てきたじゃないか。 「おおっ!? なんだこれ!」  高井は素早くそれを抜き取る。 「これは部屋のカードキーです」 「へえ……さすが高井、手慣れてるなあ」  と、これには高井が頬を膨らませて反論してきた。 「手慣れてませんッ! 僕もこういう場所は初めてです!」  だけど足は止めず、さり気なくエレベーターのボタンを押している辺りはさすがだ。 「別にそこは誤魔化さなくても」  高井はムキになって返す。 「誤魔化してませんってば! 入った時に戸惑うのは嫌だったので、色んなパターンを調べてシミュレーションして……」 「へ? シミュレーション?」  俺が聞き返すと、高井は顔を真っ赤にして首を横に振った。 「ぼっ、僕のことはいいんです! それよりも安田先輩こそ、カードキーで驚いてたじゃないですか! こういう所は初めてってことじゃ」  ムキになってくる高井が可愛く思えて、俺は笑いながら素直に頷く。さっきは童貞の部分を濁したけど、よく考えたらこいつはだからって俺を馬鹿にするような奴じゃない。断じてない。  それに俺の元々大してない先輩としてのプライドは、腰を抜かしてこうして高井に抱きかかえられた時点で完全に消え失せてしまった。  もう既に安西に話してしまったからなのもあるかもしれない。気が付いた時には、素直に口に出していた。 「ああ。俺はラブホは勿論、そういった経験はなーんもないよ」 「え」 「彼女とそういうことをしようとすると、心の中でストッパーが掛かってさ」  俺の言葉に、高井の目が真剣なものに変わる。 「……それ、詳しく聞いてもいいです?」  真面目な表情になってしまった高井に、にへらと笑いかけた。 「別に楽しくはない話だけど、それでもいいなら」 「いいです」 「まあ、後でな」 「……分かりました」  そして俺は、ラブホの部屋に連れて行かれてから、じっくりと俺の話をしてやることになったのだった。 ◇  数段の階段が付いた広い部屋にデン! と置かれた大きなベッドの中心に俺を壊れ物のようにそっと寝かせた高井が、俺のネクタイと背広を取り、クローゼットに掛けてくれた。  相変わらず至れり尽くせりだ。こいつの番になる奴は、尽くされ過ぎて自堕落になっていく己を戒めるのに苦労するんじゃないか。なんてふと思ったり。 「お風呂沸かして来ますね!」  せかせかとガラス張りの風呂に向かうと、お湯を溜め始める。ジャーッという音がし始めると今度は部屋に戻ってきて、あちこちの戸棚を開いては中身を確認していった。バスローブを見つけると、それを風呂場へと持っていく。  目で追っていると、今度は何かの自販機の前で立ち止まった。……何をやってるんだろう。  と、高井がにこにこしたまま振り返った。 「安田先輩、パンツのサイズはいくつですか?」 「は? パンツ?」 「はい! 折角お風呂に入るんです、新しいのを穿きたいじゃないですか!」  この部屋、パンツまで売ってるのか。俺は早速カルチャーショックを受けていた。 「じゃ、じゃあ、Sサイズで……」 「はい!」  ピッという電子音が二度ほど聞こえてくる。恐らくは、高井のパンツも買ったんだろう。それにしても、そのまま風呂場へと向かう高井の背中は、やっぱりどう見ても機嫌がいい。一体どうしたっていうんだ、あいつは。  俺は俺で、あまりの非現実感に、どうしたって落ち着けないでいた。と、テレビのリモコンがヘッドレストのところに置いてあったので、これで変な気持ちを誤魔化そう――とスイッチを入れた途端。 『あんっ、あんっ!』  画面一杯に映し出された裸の女性が、甘ったるい声で喘いでるじゃないか! 心臓が飛び跳ねた。 「う、うわあっ!」  大慌てで電源を切る。そ……そうか、そういうものか……だってそういう場所だもんな、うん。  まだドキドキしている胸を上から押さえていると、お風呂場から高井が顔を覗かせた。 「安田先輩? 今何か言いました?」  俺はブルブルブルッと高速で首をよこに振ると、高井は不思議そうに小首を傾げた後、「もう入れそうですよ!」と教えてくれた。あー、驚いた。  若干引き攣ったかもしれないけど、笑顔を高井に向ける。 「あ、じゃあ入ろう、かな?」  高井はやっぱりとっても嬉しそうだ。 「はい! 花びらを浮かせる入浴剤があったので、入れちゃいました! ラブホって、色んなものがあって面白いですね!」 「へ、へえ……」  高井の無邪気さが、今は本当にありがたかった。ここがラブホテルだからソワソワしてしまうだけで、考えてみりゃ銭湯や温泉じゃ男同士が裸の付き合いをするなんてのはよくある話だ。  安西が変に俺を意識してきた流れで、俺の考えがちょっとそっち寄りになってしまってるんだろう。早く先輩モードに戻さないとだ。 「安田先輩、立てそうです?」 「ちょ、ちょっと待って」  横向きに寝転がってからそろりと足に力を入れると、今度は普通に起き上がることができた。俺を心配してベッド脇まで駆け寄ってきていた高井を見上げ、笑いかける。 「大丈夫そうかな!」  と、高井が背中に薔薇でも背負ってんじゃないかっていうくらい眩しい百点満点の笑顔を浮かべ、言った。 「じゃあ椅子に座れますね! 僕、お背中流しますから! さ、早く早く!」  大型わんこ系後輩アルファが、滅茶苦茶目を輝かせながら、俺に手を差し出してくる。だからこいつは何でこんなに嬉しそうなんだ。 「腰がまだやばかったら抱いて行きますよ?」 「いやいい、歩く。歩けるから大丈夫」 「僕は一向に構わないので遠慮しないで下さい」 「俺が構うから」  高井の手を掴んで立ち上がると、何故か高井はそのまま俺の手を引っ張って風呂場まで連れて行く。何故だ。どうした高井。  ガラスのドアを通り抜けると、三段上がった場所に円形状のジャグジーがあった。確かに高井の言う通り、真っ赤な薔薇っぽい花びらが水面に浮きまくっている。……この浮かれ切った湯船に、男二人で浸かるのか?  俺の戸惑いには気付いていないのか、わんこな後輩高井はやっぱりはしゃぐ。 「さ、安田先輩も脱ぎましょ! 早く早く!」 「お、おお……」  高井は俺に背中を向けてさっさと服を脱ぎ始めると、手前にあるかごに服を簡単に畳みながら入れていった。ぴったりとした黒のボクサーブリーフも脱ぐと、形のいい引き締まったケツが見える。太ももは筋肉質で、俺のひょろりとした太ももとは雄味が全然違った。純粋に羨ましい。  高井はフェイスタオルを腰に巻くと、くるりと振り返った。振り向きざま、タオルの先から高井の高井の先端が揺れているのが見える。……タオルで隠せない長さって凄い。アルファって凄いんだな。俺は素直に感心した。  高井が両手を差し出してくる。 「ん? なに?」 「先輩の服、畳みます。僕に手渡して下さい」 「え、い、いいよそれくらい自分で……」  俺が遠慮すると、高井は懇願するわんこみたいに俺を見つめてきた。うっ、その顔で見つめられると……! 「僕がやりたいんです! 僕……先輩には心から感謝してるんで、チャンスがあったら少しでも恩返ししたいってずっと考えていたんです」 「は? 感謝?」 「とにかく服を、さあ」 「わ、分かったよ……」  結局は服を脱ぐ度に一枚ずつ持っていかれて、最終的にはパンツはタオルと交換になって手渡すことになってしまったのだった。  ……先輩の威厳って。

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