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24 噂話

 その晩、朝陽はゆっくり優しく、だけどかなりしつこく俺を抱いた。 「誉さん、誉さん……っ」 「ひあっ、あ……っ!」  それはそれは熱心に俺の身体のありとあらゆる場所に触れては舐める朝陽を見ていたら、なんだか朝陽の姿が俺に縋っているように見えてきた。こんなに求められたら、元から朝陽のことは可愛くて仕方ない俺が絆されない訳がない。  俺の胸の突起に甘えるように吸い付く朝陽の頭をヨシヨシと撫でれば、猛った眼差しの朝陽と目が合い、磁石が引き合うように唇を重ね合わせた。激しくはないけど、ベッドの上にいる時は殆ど下も繋がっていたかもしれない。  朝陽が俺の内壁を擦る度に全身が快感に包まれて、甘い吐息と共に悶える。じわりと押し寄せる快楽を逃がそうと手を伸ばせば朝陽の指が絡まり、朝陽の腕の中に引き戻された。目が合えば微笑み合ってまた舌を絡め合わせるのを、延々と繰り返す。 「誉さん、もっと声を聞かせて下さい……!」 「馬鹿……っ、俺の声なんて、」 「聞きたい、お願い我慢しないで」 「アァ……ッ、朝陽、朝陽ぃ……っ!」  互いに白濁を吐き出しては、境界線なんてなくなったように溶け合った。ありとあらゆる体液が混じり合い、広い寝室が、湿気で重く感じる。  ひと晩中睦み合った結果、「昼間のあれは何だったんだ」と聞くことができなかった。  折角朝陽の機嫌が直っているというのに、嫌なことを思い出させてまた眉間に皴を作らせたくないと思ったのは事実だ。それと同時に、聞いたらきっと答えてくれる筈なのに、朝陽に「言いたくない」と拒絶されたら思ったら、怖くて言い出せなかった。  こんな時、自分のこの性格がほとほと嫌になる。俺の中に巣食う「相手の機嫌を損ねてはならない」という呪縛は、未だに俺に纏わりついたままだ。  だけど、今回の朝陽の様子は、あまりにも普段と違いすぎた。どうしたって気になるし、先輩としても恋人としても、朝陽の憂いは俺でできることなら晴らしてあげたい。  でも、やっぱり聞けないんだ。  だったらせめて何をきっかけに朝陽の機嫌が悪くなったかと思い返せば、真っ先に思い当たるのは――副社長の愛息子である男性オメガの存在だった。  アルファだったら、オメガに興味が湧くのは自然なことだと思う。だけど朝陽は、あのオメガから距離を置こうとしているようにしか見えなかった。向こうは明らかに朝陽に興味を示していたというのに。  俺という存在と一緒にいたから? いや、それにしては、触った時の肌の冷たさは明らかにおかしかった。  そこで思い出す、過去に一度、ラットを起こしたことがあるという朝陽の話。それに、セキュリティの高いマンションに住んでいる秘密。  過去になにか、オメガとあったんじゃないか? というのが俺の出した結論だった。だとすれば、非常にセンシティブな話の可能性が高い。  それに朝陽はあの日、勇気が出たらちゃんと話すと言っていた。だから今俺に言わないということは、まだ勇気が出ないってことなんじゃないか。言いたくないと思っている相手に無理やり聞き出すようなことは、俺にはできない。  宝箱の秘密も、まだ教えてもらってない。秘密だらけの朝陽に、俺は恋人な癖に「教えてほしい」と言えないんだ。  でも――朝陽には笑っていてもらいたいから。 「誉さん、」  正常位で俺を抱きながら、俺の名を繰り返し呼ぶ朝陽の切なそうな声。時折落ちてくる汗すらも愛おしく思えて、俺は両手を朝陽の顔に伸ばして頬を挟み、自分に引き寄せた。 「朝陽」  微笑みかけると、朝陽も嬉しそうに目を細める。 「誉さ――、」  自分から唇を重ねていくと、少し驚いた様子の朝陽の口腔内に舌を差し込んだ。嬉しそうに緩む朝陽の頬の動きすら、全てが可愛くて仕方がない。  せめて俺と過ごしていることで朝陽の気持ちが晴れるなら、今はそれでいいか――。  溶け合うように交わり続け、正面から朝陽を受け入れている状態のまま寝ていたと気付いたのは、朝を告げる目覚まし時計のアラームが鳴った時だった。 ◇  その週の残りは、二人で新年のご挨拶に顧客訪問をしたので、ほぼ会社にいることはなかった。  金曜日の午後に会社に戻ると、急いで訪問報告を作成していく。  今日は俺が朝陽の家に泊まりにいく約束になっていた。金曜、土曜と二泊の予定だ。  タコパをしようという話になっているので、朝陽に抱き潰されないよう調整しないとな、なんて考えながら作業を進めていった。    と、いつもの如く、ふらりと安西がやってきた。こいつはちゃんと仕事ができてるのか? たまにとても心配になる。 「ほまちゃーん」 「どうした」  いつも通り、キーボードを打つ手は止めることなく答える。 「なあなあ、聞いた? 第一のオメガくん、まだ番がいないんだって!」 「はあ」  非常にプライベートな話をペラペラと喋っているが、いいんだろうか。呆れながらも相槌を打つと、安西は返事があったからか続けることにしたみたいだ。 「社食でランチを食ってる時にさ、瀧がとうとう今日聞いたんだよ。チョーカー付けてるけど番さんはいないんですかって」 「ほお」  瀧は社食派か。ここの社食は洋食が多いので、和食好きの俺は殆ど利用していない。だけど、一部社員にはヘルシーで美味しいと人気があるのは知っていた。女性社員が多く利用すれば、男性社員は勝手に集まってくる。世の常だ。  要するに、社食でみんな瀧とオメガの人の会話に聞き耳を立ててたってことだ。なんだかなあ。 「そうしたら、あの顔でにっこり笑って『現在お婿さんを募集中なんです』って答えたんだよ! 分かる!? お婿さん! あのオメガくん、男狙いらしいんだよ!」 「そうかそうか」  マジでどうでもいいなと適当に相槌を打ったけど、安西は止まらなかった。 「それで瀧がもう見るからにデレちゃってさあ! 特別枠採用って言っても、実際は副社長の息子な訳じゃん? 実はアルファをヘッドハンティングされて失いたくない副社長が息子を使ってアルファ社員を婿にしようって枠なんじゃね? となった訳だ」 「なんだよそれ。真面目に仕事をしにきたのかもしれないだろ。憶測で物を言っちゃ駄目だぞ」  あまりにもミーハーな会話の内容に苦言を呈すると、安西が俺の肩に肘を乗せる。 「ほまちゃーん。そんなお硬いことばっか言ってないでさ、お前もちょっと第一覗いてきたら? 物凄い綺麗なんだって、マジで」  すると、朝陽がスッと椅子を蹴って俺の隣にやってきたと思うと、安西の肘を掴んで持ち上げた。  にっこりと笑いかける。 「安西さん、僕たち忙しいんです。お喋りはまた今度にしましょうか」  だけど今回の安西は、めげなかった。 「なんだよー。高井だってオメガくんのお眼鏡に適ったら、副社長の婿養子になれるチャンスだぞ?」 「僕は結構です、興味ありません」 「ほまちゃんに影響されすぎだって。本当真面目なんだからなあ」 「安西さんが不真面目過ぎるんですよ」  サラリと返す朝陽。俺を挟んでやり合わないでほしい。  肘を渋々下げた安西が、俺に尋ねる。 「仕事中だと番犬のガードが高いなあー。だったらなあほまちゃん、今夜暇? 一緒に飲みに、」 「誉さんは僕と先約があるので忙しいです、すみませんが仕事に戻りますのでいいですか?」  俺が答える間もなく、朝陽がすげなく返した。笑ってない笑顔の朝陽と、不満げな様子の安西の二人が同時に俺を見る。うああ。 「あ、安西、悪いな! 前からの約束なんだよ」 「そうなんです安西さん、すみません」 「……ちえー」  勝ち誇ったような朝陽の笑顔の前に、安西はすごすごと引き上げていったのだった。

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