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25 家に招けない理由

 甘ったるい週末も終わりに近付くと、例によって朝陽が落ち込み始めた。これ、毎週やるのか?  荷物をまとめている最中の俺の背中にぴったり貼り付くと、諦め悪くごね始める。 「誉さん、明日一緒に出社しましょうよ……」 「明日からの仕事に備えて、お互いしっかり寝た方がいいだろ」 「そんな……っ、じゃあ僕が誉さんの家に、」  思った通り、朝陽が鼻を啜った。……絆されるな俺。駄目だぞ! 「うちに来るのはまた次の週末にって話しただろ? 布団が一式しかないんだってば。俺はお前に風邪を引かせるつもりはないぞ」  これはマジな話だ。うちは朝陽の家とは違って普通の単身者用アパートなので、でかいベッドを置くスペースなんて元々ない。せめて日中だけでも少しでも広く使いたいからと、ベッドではなく和式の布団を採用していた。  誰かを家に泊めてあげるような友達付き合いはしてこなかったし、ひとり暮らしを始めてからは彼女がいたこともない。従って、俺用のシングルの布団が一式あるだけなのだ。  夏場ならともかく、こんな冬の日に朝陽を泊まらせたら、布団の争奪戦になる――筈もなく、絶対朝陽が俺を包んで自分は布団からはみ出る。こいつはそういう奴だ。いくら体力があるアルファだって、冬場に布団をかけずに寝たら風邪のひとつも引くだろう。  朝陽にうちに行きたい行きたいとこの週末訴えられ続けたので、「置く場所どこにしよう」と考えながら、今日ネット通販でお客さん用に布団一式をポチッとした。今週のどこかでうちに届く予定だ。そうしたら、我が家も解禁にするつもりだった。  朝陽がなんでもやり過ぎて俺が自堕落まっしぐら状態になっているのを、ホームグラウンドなら俺も多少は主導権を握られるんじゃないかという目論見もあった。 「うう……っ」  朝陽が悲しそうな目で上から覗き込んできているけど、俺は心を鬼にして首を横に振る。そりゃ、俺だって帰ってひとりで寝るのは正直寂しい。だけど、そうは言ってられない事情がもうひとつあった。かなり切実な事情だ。  こいつだって、絶対分かってる筈だ。  自分がヤり過ぎたってことは。 「それにさ……朝陽、分かるだろ?」 「……分かりません」 「嘘吐くな。目が泳いでるぞ」 「……」  軽く睨みながら身体を捻り、朝陽の鼻の頭を指で押し上げる。豚っ鼻になってもイケメンとはどういうことだ。可愛くて腹が立つ。 「あのな、お前はそもそも……!」  言おうとして、この単語を口にしていいのか? とふと気付き、口籠った。  朝陽が、色気たっぷりの息を耳に吹きかけながら尋ねる。 「そもそも……なんですか?」 「あ……う……その、」  気が付いた時には、形勢逆転になっていた。ヤバい……! 「僕、絶対に怒りません。誉さんの言葉は真摯に受け止めます。だから遠慮なく言って下さい」  朝陽の拘束が、強めになる。何としてでも最後まで言わせようという強い意志を感じる。  しまった……こうなると、もう朝陽は絶対俺が答えるまで逃さない。  だがしかし、この単語は……ぐう。  俺がまだグズグズ躊躇っていると、朝陽が俺の耳を軽く食んできた。うひゃっ! ゾクッてするからやめろ! 「誉さん、お願いします……っ、なんでも言って?」  か……っ! 可愛い……! 朝陽の滅多にない甘えるようなタメ口は、俺のハートをいとも簡単に撃ち抜く。  内心俺が悶えていると、朝陽の手が俺のケツに伸びてきた。スルスルと尻たぶの間に指を滑り込ませると、朝陽と付き合い始めてから敏感になってしまった箇所をぐっと押す。 「んっ」  甘ったるい声が漏れた。ヤ、ヤバい! 「ね? 誉さん」  腰をぐっと押し付けられて逃げ場をなくした俺は、とうとう諦めてその単語を口にすることにした。ええい! 「そ――そもそもな、お前はぜっ、絶倫過ぎるんだよっ!」  ああ、言ってしまった。一度言ったら、もう止まらなかった。 「よっ、夜に始まって、二日連続夜通しだぞ!? 疲れて寝落ちしてる間も挿れっ放しで、起きたらそのまま日の出と共に開始だったじゃないか! 結局タコパもお前が作って俺が食うだけだっただろーっ!」 「……絶倫」  あ、やっぱり反応しやがった! 頬に触れている顔がにやっと緩んだのを、俺は感じ取ったぞ! 「俺だって! たこ焼きをくるくるしてみたかった!」 「そのことに関しては本当にすみませんでした」  声が笑ってる! あーもう、だからやだったんだ!  朝陽のしんみりとした声が、耳元で囁く。 「実は、あれには事情がありまして」 「じ、事情?」 「はい。……本当は今回、誉さんに僕の秘密を話すつもりだったんです」 「え」  覆い被さるように抱きつかれている身体を、くねくねさせて朝陽の正面を向く。と、すまなそうに眉を八の字にした朝陽が俺を見下ろしていた。 「……そうだったのか?」  あまりにも至れり尽くせりだったから、朝陽がそんなことを考えていたなんてちっとも気付いていなかった。朝陽が隠すのがうまかったのか、それとも人の顔色を窺ってばかりだった筈の俺が、朝陽の顔色は窺っていなかった……のか?  俺、朝陽のことをそんなに――。  朝陽が申し訳なさそうに続ける。 「はい。でも、なかなか勇気が出なくて……。あと一回誉さんを抱いたら言おう、次に抱いた後に言おう、と思っている間に朝になっていて」 「おい」 「明るくなった部屋で、僕のを挿れたままの状態の、僕が付けた痕だらけの誉さんの色っぽい身体を見たらついムラッとして……痛いっ、痛いです誉さんっ」  朝陽が話している最中だったけど、俺は両手を拳にすると朝陽のこめかみをグリグリしてやった。色っぽいとはなんだ、色っぽいとは! 俺が付けすぎるなって言っても、この大型わんこはアレの最中はちっとも言うことを聞かないんだよ! 「あーさーひー?」 「ごめんなさいっ! 痛いっ、あっ、でも色っぽいのは本当でっ、イタタタッ!」  痛がっているのに笑っている朝陽を見ていたら、すぐに怒る気も失せていく。結局、俺はこの大型わんこが可愛くて仕方ないんだよ。  呆れた笑顔を向けると、いつぞやのように俺の両手首を掴んだ朝陽が、優しく微笑み返す。 「……来週末に誉さんの家にお泊りに行く際、僕の宝物を持って行きます」 「朝陽、無理しなくても」  朝陽は笑顔のまま、首を横に振った。 「いえ、誉さんに心から信頼してもらう為には、やっぱり隠し事はしたくないんです。僕の――根底にあったことなので、誉さんには知ってもらいたい」 「根底?」  少し潤んでいるようにも見える、朝陽の黒目。綺麗だと思いながら、俺は瞬きもせずに自分の顔が映る黒い虹彩を見つめる。 「はい。いつまでも誤魔化してばかりじゃ駄目だっていうのは、僕も分かってます」  それに、と少し震える声で、朝陽が続けた。 「……誉さんは、僕をアルファだからという型にはめない人です。アルファならこうあるべきだとか、誉さんは絶対に言わない。なのに僕は勇気がなくて……」 「うん」  朝陽の首を、励ますように撫でる。頑張って俺に伝えようとする朝陽の姿が、ただひたすらに愛おしい。  朝陽が、こつんと額を俺の額にくっつけた。吸い込まれるような瞳に、釘付けになる。  朝陽の形のいい薄めの唇が、小さく動いた。 「誉さんのこと、信じてます。だから来週、話を聞いて下さい……」 「……ん」  弱々しい朝陽の様子に、もう堪らなく庇護欲を掻き立てられ。  不安そうに揺れる朝陽の瞳を見つめたまま、朝陽の首に触れていた手で顔を引き寄せると、唇を重ねる。   「――ッ」  途端、しゃぶりつくように朝陽が返してきた。俺も朝陽に応えるべく、もっと強く朝陽を抱き寄せる。 「誉さん、誉さん……っ」 「朝陽……」  ――こんな幸せな時間がこの先も続くと、この時の俺は何も疑っていなかった。

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