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33 拒絶

 昼過ぎに目を覚ますと、爆睡している午前中の間に、朝陽からメッセージが入っていることに気付いた。 『誉さん、昨日はごめんなさい』というだけの、短いもの。「大丈夫か?」と送り返したけど、既読はつかない。  不安を抱えたまま、待つしかなかった。  だけど、何をしようにも手につかない。悶々し続けた結果、俺は行動することにした。 「……あーもう!」  着替えて食事をして支度をする。朝陽に「お前んちの前で待ってるから」とだけメッセージを送ると、家を出た。  暗くなりつつある通りをずんずん歩いて行く。朝陽はそろそろ向こうを出た頃だろうか。相変わらず既読が付かないので、もしかしたら電池切れなんじゃないかと考えた。  でも何で? 自分の部屋に戻ったのなら、充電はできた筈だ。だったらスマホが壊れた……とか?  あの後、朝陽に何があったんだろう。あれだけ嫌がっているのに、どうして福山結弦はああもグイグイいけるのか、信じられなかった。  電車に乗り、朝陽のマンションがある駅に降り立つ。  マンションまで歩いている内に、とっぷりと日が暮れた。共有部分になっているエントランスホールのソファーに腰掛けると、ひたすら待つことにする。  ここなら、必ず朝陽に会える。朝陽に会って、怒ってないよっていうことと、俺もちゃんと朝陽のことが好きなんだって伝えたかった。  スマホを弄りながら、何度もメッセージアプリを開いて見た。でも、既読は一向に付かない。  何時間も座っている男なんて、どう見たって怪しいだろう。だけど今日のコンシェルジュは、あのお姉さんだった。笑顔で会釈をしてくれたので、俺も会釈を返す。  更に待って、待って。  そろそろマンションに来てから四時間が経とうとする頃。 「わあっ! すごおい!」  この場にそぐわない明るくはしゃぐ声に、いつの間にか足許に落ちていた目線を上げた。 「――は?」  エントランスの広々とした自動ドアを通ってきたのは、朝陽と――。  まさかの福山結弦だった。  ふらりと立ち上がる。だけど、朝陽の腕にベッタリと腕を絡ませている福山結弦と、それを振り払おうともしない無表情の朝陽を見て、足が竦んでしまった。  朝陽は俺に気付かないまま、福山結弦に話しかける。 「……番のいないオメガは、このマンションには入れないんです。ですので、ここで失礼します」  福山結弦が、甘えたように唇を尖らせて身体をくねらせた。 「えーっ! 何それっ! 特別に入れてもらえないの!?」 「例外はないです。それが売りのマンションなので」 「酷いっ! 朝陽さんと僕の愛の巣、見てみたかったのにい」  福山結弦のその発言を聞いて、完全に空気となっていた俺から声が漏れる。 「は?」  すると、朝陽と福山結弦が同時に俺を見た。朝陽の目は驚きに見開かれ、福山結弦は……誇らしげに艶やかに笑う。 「あっれー? OJTの人がこんな所で何をしてるんですー?」 「福山さんこそ、何で朝陽と一緒に、」  俺が返すと、福山結弦はさも馬鹿にしたような笑みを浮かべた。 「えっ、何っ。OJTの人、もしかしてアルファの朝陽さんを朝陽って呼び捨てしてるの? ただのOJTの人なのに? え、それかまさか、ベータの癖に朝陽さんを狙ってるとか? 何それ図々しい、笑えるんだけどー!」 「おい……っ」  いくら副社長令息だからって、先輩に向かってその言い草はない。カチンときて一歩前に出ると、それまで無言だった朝陽が大きな手のひらを俺に向けた。思わず立ち止まる。 「ほ……っ、安田先輩は、昨日具合が悪いって言っていた僕の具合を心配しにきてくれただけで、無関係ですから!」 「え」  無関係。朝陽の口からそんな単語が出てくるとは思ってもみなくて、ポカンとした。すると、朝陽が目線を落としながら弱々しく続ける。 「……福山さんの、勘違い、ですから」 「えっ? だよね! びっくりしちゃった! 僕、浮気は絶対許さないからね?」  浮気って何だ、浮気って。俺にとっちゃ、朝陽の腕にお前が絡みついてる時点で浮気判定だぞ。今すぐその腕を解けよ。  と、勝ち誇った笑顔の福山結弦が、ぎゅーっと朝陽の身体に抱きついて、言った。 「あのね、知らないだろうから教えてあげるけど。昨日、朝陽さんはひと晩僕の部屋に泊まったの。それってどういう意味か、OJTの人は分かるでしょ?」 「は……?」  頭をガン! と殴られた気分だった。……ちょっと待て。待て待て待て。 「え、分かんないの? どんだけ馬鹿なの、このOJTの人! あはっ」 「……福山さん、先輩ですから」  朝陽が、小さくボソボソと注意する。  信じられなかった。部屋に泊まった? え、だからスマホの充電が……? え、でも、だって、朝陽は俺の恋人で、信じてるって伝えたのに?  よろ、と一歩前に出た。 「え……おい、朝陽……?」 「ほま……安田先輩、僕……っ」  それまで死んだ魚のような目をしていた朝陽の目が、泣きそうに歪む。  と、福山結弦が「ちっ」と小さく舌打ちしたかと思うと、正面から朝陽の首に抱きついた。 「朝陽さんっ」  ヒソヒソ、と何かを小声で耳打ちする福山結弦。少しずつ目を大きく見開いていく朝陽が、下唇を噛んで――頷いた。  身体を押し付けたまま、福山結弦が俺を横目で見る。  そして、言った。 「朝陽さん、キスして?」 「……はい」 「はっ!? 朝陽、一体どうしちゃったんだよ!?」 「んーっ」  福山結弦が顔を向けると、再び無表情になった朝陽が顔を近付け、重ねるだけのキスをした。  目の前が、真っ暗になった。  ……嘘だ、嘘だ、嘘だ! 「朝陽……?」  俺の呼びかけにも答えず、朝陽が福山結弦の肩を抱き、語りかける。 「車、外でお待ちですから。今日のところはこれで」 「んふ、次のヒートで番になったら、僕を中に入れてね?」 「……はい」  朝陽が、抑揚のない声で答えた。 「番」。今確かに、朝陽はそう言った。  身体をくねらせた福山結弦が、笑顔で手を振りつつ出ていく。 「じゃあね、僕のアルファさん! 浮気しちゃダメだよ!」  静かに手を振り返す朝陽。  ――今、何が起きてるんだろう。  俺は、やっと自分の恋心を自覚したばっかりだったのに、ぽっと出のオメガに取られるのか? 「……ほま……高井、先輩」  無表情のままの朝陽が、俺を呼ぶ。 「今まで、お世話になりました」 「……え」  スッと頭を下げられても納得いかなくて、昨日まであんなに俺を欲していた朝陽の急すぎる心変わりについていけなくて、立ち竦んだ。  頭を下げたままの朝陽が、そのままの体勢で告げる。 「もう、僕に関わらないで下さい」 「朝陽……?」 「名前も、高井でお願いします」 「はは……まじかよ……」  いつまで経っても頭を上げない朝陽の姿に、強い拒絶の意思を感じた俺は。 「……そっか」  それだけ呟くと、朝陽に背を向けた。

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