52 / 57
52 番の傷跡
朝陽の牙が、俺のうなじを深く抉る。
「ぐああ……っ!」
さすがに痛い。滅茶苦茶痛い。でも、ここで朝陽を拒絶する素振りでも見せたら、きっと朝陽は深く傷つく。だから絶対、俺は拒絶しない。
「あ……っ、くう……っ」
もし俺がオメガだったら、ここで番が成立して、きっとヒートとラットの状態に突入して痛みなんて忘れて獣のようにまぐわい続けたんだろう。
だけど、俺はどう頑張ったってオメガにはなれない。朝陽が俺を朝陽の番だと言ってくれても、なってあげることは現実的に不可能だ。
でも、それが俺なんだ。だから俺は俺のできることをしていく。朝陽の心の痛みに寄り添い、朝陽が俺を求める強さをうなじの痛みとして記憶するんだ。
――うなじの噛み跡はいつか消えても、互いの心の中に番の傷跡が永遠に残り続けていくように。
「ああ、朝陽……っ、もっと噛め、俺はお前のもんだ……っ!」
「……ッ!」
ブチ、と皮膚が破れ、金臭い血の臭いを感じ取る。
朝陽が俺のうなじに噛みついている間、スーツを着たままの朝陽の背中にしがみつき、幸せな痛みに耐え続けた。朝陽の高い体温に包まれ、この先永遠にこうしていられたらいいのにと願う。
やがて、ゆっくりと歯が抜けていく感覚。ジクジクとする痛みにぬるついた熱い息が吹きかけられた。朝陽が傷跡を執拗に舐めていく。まるで傷跡すら宝物であるかのように。
はあ、はあ、という朝陽の荒い息遣いと同時に、ドクドクドクという心音が重なる全身から伝わってきていた。
――ああ、朝陽だ。朝陽が俺の元に帰ってきたんだ。
目尻からは、痛みと嬉しさがないまぜになった涙が次々に溢れていく。
今俺は、心の底から幸せを感じていた。朝陽が俺といる。俺だけを見て、俺を欲してくれている。ベータである俺を、ラットになるまでに激しく。
俺に対する朝陽の想いは、瀧が「あんな匂い付けられてる奴のアルファなんて、絶対執着ヤバい独占欲最強の奴確定」と評した通り、どこまでも深く、今の朝陽を作り上げたといってもいいほどに重い。だけどそれが分かった今も、俺はそのことを嬉しいと思っていた。
だって、もう二度とこんな風に触れ合うことはできないと、さっきまでは思っていたんだ。まるで夢のような奇跡的な現実に、感動で頭がどうにかなってしまいそうだった。
どうしてこんなにも愛しい存在を簡単に手放してしまおうと考えられたんだろう。離れた場所に行ったって、忘れられる筈なんてなかっただろうに。
「朝陽、ごめん……俺、自分からぶつからずに、逃げることばかり考えてた」
と、朝陽が腕で上半身を起こし、愛おしそうに鼻先同士を擦り合わせてきた。甘えるような仕草に、俺の中の朝陽に対する愛しさがこれ以上は無理だというほど溢れ出してくる。
「誉さんが無事でよかった……!」
「朝陽……っ」
お互い情けないほどに涙で頬を濡らしながら、至近距離で見つめ合う。朝陽が顔を傾けた直後――、互いに噛みつくような勢いで、俺たちは唇を重ねた。
「んん……っ!」
「誉、さん……っ!」
舌を絡め合うと、まだ少し残るツンとした胃液の臭いを一瞬感じる。でも、こんなもの如きで今の朝陽を突き放したりなんてしない。朝陽が締めているネクタイを引っ張った。するりと抜き取ると、朝陽のジャケットも脱がしていく。
口を重ね合わせたまま、朝陽が俺のネクタイを抜き取った。大事そうに黄色のネクタイの横に並べるのが可愛い。俺のシャツのボタンを手早く外していくと、ギラギラした目を剥き出しになった俺の上半身に向ける。
火照った顔を何故か顰めると、朝陽は両手で自分のシャツの合わせ部分を掴み、一気に開いて引き千切ってしまった。ボタンが周囲に弾け飛ぶ。
「え」
急にどうした!? 驚いて目を見開くと、朝陽が苛立たしげにぶつぶつ言い始めた。
「誉さんから、あのアルファの匂いがまだする……僕の番なのに、僕だけの、僕の……っ」
あのアルファって、瀧のことか? え、どこで? と思い、先ほど瀧を不幸な事故から遠ざけようと全力で抱きついたことを思い出す。あの程度で匂いが付くのか? どれだけ鋭いんだ、アルファの嗅覚って。
「わ、悪い……っ! あいつもラットを起こしかけて、しがみついて引き止めてたから、」
「本人に付ける気がないと……いや、僕が全部上書きすればいいのか、そうだ、だって誉さんは僕の……」
更にぶつぶつ言っている朝陽の目が、どんどん虚ろになっていくじゃないか。怖い! 怖いから!
朝陽が、焦点が合ってるんだかいないんだかよく分からない目で俺を見下ろし、にこりと笑った。
「うん、全部舐めよう」
「――は?」
「誉さんのどこが一番美味しいか、味比べもいいな……」
「おい――」
少し舌っ足らずな口調で言った朝陽が、剥き出しになった俺の胸の小さな突起に吸い付いた。
◇
朝陽は、マジで俺の全身を舐めまくった。
足の指も一本一本丁寧にしゃぶり、へその中も、脇の下も、尻たぶの肉も持ち上げて隙間まで隅々味わい尽くし、なんと鼻の穴の中まで舌でほじくられた。嘘だろ。
そして出した結論が、「どこも甲乙つけ難い」だった。ここで朝陽のこめかみをグリグリとやれたらよかったんだが、愛撫されまくる間後孔を丁寧に解され前からも後ろからも既にイッていた俺はもう息も絶え絶えで、はあはあと胸を上下させながら中心をギンギンに勃てた朝陽の痩せてもなお均等が取れた男性的な裸体を仰ぎ拝めることしかできずにいた。俺ばっかり……。
朝陽はくんくんと鼻を鳴らしながら俺の全身の匂いをわんこのように嗅いでいくと、満足げに破顔する。
「全部僕の匂い……っ」
「そ、そうか……それはよかった……」
満足してくれたらしい。これで舐められ地獄がようやく終わるかと思うと、ホッとした。
「後は中だけ」
……うん、そうくるとは思っていたから大丈夫。俺の覚悟は決まっている。
朝陽が、でかくて硬そうな陰茎を掴んだ。先端を俺の後孔に照準を定める。散々刺激された俺の穴は、早く朝陽を受け入れたいとばかりにひくついていた。
朝陽がグッと腰を進めていく。
「ん……っ」
甘ったるい声が漏れた。朝陽は汗ばんだ顔に笑みを浮かべると、俺の腰を掴み、一気に奥まで貫く。
「あ、あ、ああああ……っ!」
きた、という感激と共に、全身にザワッと快感の鳥肌が立った。
「――あー、誉さんの中だ……」
俺に覆い被さると、ちゅ、ちゅ、と顔中にバードキスを落としていく。最初は小刻みだった抽送は、俺の内壁が朝陽の形に変わっていくにつれ、どんどん遠慮のない激しいピストンになっていった。
「あっ! あっ、んっ、……あああっ!」
「誉さん、誉さん……!」
汗で滑る朝陽の筋肉質な身体に必死でしがみつくが、揺さぶりの激しさにツルツルと滑っていく。朝陽は俺の背中に腕を回すと、胸を圧迫する勢いでぎゅっと抱き締め、更に激しく突き上げた。
「誉さんっ、愛してます……! 僕には貴方しか見えない、貴方がいないと僕の世界は真っ暗で何も見えないんです……!」
クソ重いどでか感情をぶつけられても、それが朝陽だと幸せに感じる俺も、きっと相当朝陽にとち狂ってるんだろう。
「あっ、んんっ、はっ、……俺も、朝陽がいい……っ!」
「誉さん! 好き! 好き、好きです! 一生離さない!」
ぽたりと瞼に水滴が落ちてきて、朝陽の汗かと見上げると、目を見開いて俺だけを焼け付くような熱さで見つめながらまたも涙を流している朝陽の顔があった。
――全く、可愛いんだから。
朝陽に笑いかける。
「ばーか。俺だってもうお前を離すもんか」
「誉さん……!」
朝陽の端整な顔がくしゃりと歪み。
「う……うう、うああああっ!」
号泣し始めた朝陽の頭を抱き寄せると、朝陽にちゃんと聞こえるように耳元で「俺だってすごく愛してるよ」と伝えたのだった。
ともだちにシェアしよう!