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第32話 日常

 ロジャーの人生がものすごい速さで変わって行く。ロジャーの取り組んでいる学問分野が神がかってきた。  助教から準教授になり、次々発表する論文がその世界で注目され始めた。  同僚のプロフェッサー程塚が証言する。 「誰も踏み込まなかった形而上学的発想にロジャー五十嵐の発見がある。  緻密な計算に基づいた理論が生命の深淵に到達する瞬間を我々は見る事ができる。」  ノーベル賞候補とも言われている。  ユーツーが日本の新聞を見てクロード・レイに翻訳して聞かせた。 「オー、ツーの恋人はCOMPLIMENTI!」 「明るいなぁ、イタリア人は。 僕はちょっぴり心がチクチクする。 ロジャーごめんね。」  ユーツーもミラノコレクションの準備で大忙しだ。  大学では次期ノーベル賞候補、などと喧しい。 「プロフェッサー程塚、君が、代表でいいよ。 私はマスコミにまとわりつかれたくない。」  先輩である程塚の顔を立てる。程塚はいい人だ。不遇なのは気の毒だ、と常々思っていた。  それにロジャーは、自分が目立つ事はしたくないのだ。  いつも考えるのは、命、生命の事。 科学は真理を追いかける。ロジは宗教に懐疑的だ。全ての宗教は人間が作り出した、と思っている。神の概念でさえも。  1980年代、原子核の中にある物質、クォーク、やリュプトンは「在る」という条件を満たしていなかった。  質量が無いものは、存在しない、という定義。 カミオカンデが質量を観測するまで、それは存在しない物質だった。(諸説あります)   有るのに、無い。科学では表せなかったことを二千年前の仏陀が説いている。  妙、という一言で。 有るのに無い、それを妙という。  ロジャーは何かが掴めそうで掴めない。

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