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粛清

(さらし)巻くのか?」  姫木が、着ていたシルクの黒いシャツを脱ぐのを見て問う。  7時に決行を決めたあと、事務所でもしもの連絡を待っていたが、児島からは特に連絡は無く、少し前に7時に攻め入るので入室経路と退路を確保するように連絡をして、今に至っていた。 「ああ」  棚から晒を取って佐伯へ投げる。それを受け取った佐伯は、はぁ、とため息一つ立ち上がった。 「こんなの巻いたって、今時なんかの役に立つのか?」  端を姫木に持たせ、包帯を巻くように姫木の体に巻きつけてゆく。 「要は気だろ」  自分の腹で締め付けを調節しながら、姫木は巻かれきった端を佐伯に背中で止めてもらい、右手でパンと1回腹を叩いた。 「紅龍も、喜んでるみてえだな」  晒で背中半分が隠れてしまったものの、姫木の背中の赤い龍もこれから起こることに高揚しているようである。その背中に一度軽くキスをして、佐伯は自分のグローブと銃を確認し始める。姫木はそんな佐伯の背中を見て 「お前のはどうだよ」  佐伯だけに見せる、笑うでもなく、それでいて決して無表情ではない顔をして見せた。  会の名前である『双龍会』はこの二人の彫り物から来ている。   姫木の背中に真紅の紅龍。佐伯の背中には濃紺の龍、青龍が天を目指して駆け上がっていた。  今日は確実に流血ごとになる。そのことに既に、姫木は高揚していた。 「ん?勿論お前と一緒だよ。動きたくてうずうずしてる」  そんな佐伯にやはり不思議な笑みを投げかけて、姫木は脱いだシルクのシャツを羽織る。 「そんじゃ~いきますか」  まるでその辺に買い物に行くような気軽さで、お互いのお付きの佐藤ととかのが持って待機していたコートを手に、二人は部屋を出て行った。 「お邪魔しますよっと」  音を立ててドアを開けて、佐伯と姫木は佐々木の事務所へ入ってゆく。 「なんだ、佐伯じゃねえか。何の用だ?」  佐々木組組長の右腕、矢崎が二人の前へ立ちはだかり、木刀を横にして二人の胸元へ突きつけた。 「佐々木さんに用があって来たんすけどね…ここ、通してくれませんか」  両手をズボンのポケットへ突っ込んだまま、佐伯は奥のドアへ顎をしゃくる。 「うちの組長は、今日面会予定ねえんだよ。帰りな」  木刀で二人を押して入り口へ押しやろうとした矢崎の腕が、姫木がほんの少し動いた直後に床に転がった。  一瞬何が起こったかわからないのは、本人も周囲も同じだったが、先に声を上げたのは右手側にいた佐々木の舎弟たちである。 「あっ…兄貴!」  そしてその腕から血飛沫が上がるに至って、漸く矢崎の口から悲鳴が漏れた。 「静かにしろ。素直に前を開けねえからだろ」  瞬時に切り落とせるほど鋭利に研がれた長刀は、腕一本を切り落としてなお輝きを失わずに姫木の右手に下がっており、姫木はその鋭利なものをぶらつかせて周囲を見回す。  想定していた通り、佐々木組の組員達は拳銃を持っておらず、姫木の殺気に対応しきれないでいた。 「入らせてもらうよ」  サングラスを外しながら、佐伯は奥のドアへと向かう。  その他の組員は我先に逃げようと二人がやってきたドアへと殺到してゆくが、いつの間にか閉められたドアの前には、銃を構えた佐藤と戸叶が待ち構え、一人も外へ出さない構えだ。 「佐伯…」  佐々木組の組長佐々木は、佐伯の姿を見ると書斎机の向うで立ち上がり、後の壁に背を付ける。  姫木は佐伯の入って行った部屋の入り口で、後ろ向きになって組員達を長刀で威嚇していた。 「なんで俺らが来たか、判ってるんでしょ?」  机に座って、壁に張り付いている佐々木を見つめる。 「あんた、あのやり口は不味かったね。組売っちゃだめでしょう。しかも警察に…。今回のケリは、あんたの指の1本や2本じゃあ済まないっすよ」  そういいながら佐伯は、腰から愛用の拳銃を取り出した。 「牧島さんから、あんたの(タマ)は俺に委任( ま か)されました。俺はあんたを尊重するつもりですが…ご自分で始末つけられます?」  銃を触りながら生き残る術は皆無の佐々木に、せめて自分で自分の始末をつけることを許してあげようとはしてみたが、 「ちくしょう!」  佐々木はそう怒鳴ると、かろうじて携帯していた短刀をかざして佐伯へ飛び掛ってきた。  机一個分の計算もできないほど追い詰められていた佐々木は、直後に音のしない拳銃で3発打たれ、立ち上がったカエルのような格好で後ろの壁に倒れ込んでいく。 「おやじっ!」  佐々木が胸から煙を上げて倒れるのを見た組員達は、色めきたって部屋の外で叫んだ。  側へ行きたいが、佐々木の元へ行くには姫木を超えなければならない。 「その短刀で自分刺せば、多少の名誉は挽回できたのにねえ」  佐伯は言いながらサイレンサーを締めた。  ドアの前の佐々木組員たちは、じれじれと姫木との間合いを探ってはいたが、各自思いを決めたのか短刀を抜いて姫木へと向かってきた。  人を斬る時に音はしない。ただ刀がひらめいて空を切り、そのひらめきが止まった時に人が倒れこむ。  一人目、首から斜めに短めな袈裟斬り。二人目、刃を横に向け心臓を1突きし、刃を抜くために蹴り倒して抜きざまに傍にいた者の首を薙ぎ…と、姫木は向かってきた組員一人一人を一刀の元に斬り捨てて、最後の3人を前に刀の血を振り払って近寄ってゆく。  その光景に、入り口前で銃を構えてた佐藤と戸叶のところにも、逃げたい一心の組員たちが群がり、何発かの発砲で全員を床に沈めていた。  「どうする?逃げるかい?」  残った組員3人に銃を向けながら、佐伯が佐々木がいた部屋から出てきた。 「余計なこと言うな。残りは俺がやるから黙ってろ…」 ーまあ逃げたところで…ー  と言おうとして殺気走った姫木の声に止められる。 「あらら、だめだってさ」  などと笑いながらこうなったら誰に求められない姫木の『喧嘩』を、その辺の椅子を引き寄せてゆっくり見物を決め込むことにした。  高遠の特攻隊を前にして、誰もが身を竦ませてはいた。いたが、逃げるわけには行かなかった。  いくら逃げられても、組員にも意地がある。今逃げたって結末が先延ばしになるだけのことだということも判っていたし、組一つをこうも簡単に潰されて黙ってるわけにもいかなかった。 「う…うあああああっ」  短刀を振りかざし、もうヤケになっているのか3人は一斉に姫木へと押し寄せてきた。  くっと笑って姫木が刀を横に薙ぐと、3人の腰の辺りに赤い線が入り次の瞬間にはじける。  悲鳴が響いて、男3人は音を立てて床へ落ちていった。  簡単に薙ぎ払ったように見えるが、その刃先は体に深く切り込まれていて倒れた3人は体から赤いものを流しながらすでに虫の息である。要するに時間の問題。  返り血を浴びた姫木は右手で自分の顎の血を拭い、3人をじっと見下ろした後入り口へと足を向ける。 「おつかれさんっした」  佐藤が差し出すタオルを受け取って、刀を戸叶に渡すと後からコートが掛けられる。  刀を使う以上仕方ないのだが、姫木はいつも血まみれだ。その姿を見られないように、この部下二人はいつでもそれ用のコートを持ち、こういった襲撃に備えていた。 「こっちです」  児島が調べておいた、使われていない非常階段へ案内しようとする佐藤に続こうとしたとき、 「ち…くしょう」  と、血の海の中一人男が起き上がる。  佐伯は冷静に銃口を向け、 「そのままでいれば助かったものを」  そう呟いてサイレンサーの音も軽く、その男を楽にしてやった。

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