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光の雫 p16
それから季節が過ぎ、宗太の大学が夏休み入ってまもなく、悟さん死亡の知らせが塚原さんからぼくに届いた。
夏の盛りで、あの古いアパートで見つかった悟さんの遺体はだいぶ腐臭を放っていたという。
家賃の滞納と、異臭がするとの周囲からの通報で、警察によって発見された。
ぼくは不思議と驚くことなくその事実を受け入れた。もちろん、こんなことになるとは露ほども考えていなかったし、望んでもいなかったけれど、だからって絶対にありえないことではなかったと冷静に受け止めえた。
さびしいという気持ちはなかった。でもほっとした気分にもなれなかった。
ぼくはだた、再び自分の心のどこかの欠片が死んでいくのを感じただけだった。
司法解剖の結果、悟さんはがんを患っていた。どこかの病院を受診した痕跡はなく、それによる多臓器不全で死亡したと結論づけられた。
理系の、それも生物を専門とした悟さんのことだ。おそらく自分の体調不良くらい自覚できただろうし、おおかた病気のことだって予測はついていたろう。でも自ら助かろうとしなかったのだ。その絶望を思う時、ぼくはそれ以上の思考を進めることができない。悟さんのその絶望をぼんやりと追従して、なんとなく想像することしかできない。
悟さんの持っていたルビーをすべて棺に入れて、一緒に燃やしてあげてくださいとお願いした時、その場にいた大人はみな目を丸くして一様に息を呑んだ。
まるで狂人でも見る目でぼくを眺めた人もいたし、葬儀社の人たちは「ルビーって燃えたらどうなるんだ?」と囁きあった。
あの膨大な数の大小さまざまな赤い宝石だけが悟さんの残した遺産らしい遺産だったからだろう。でもその遺産の継ぎ手はぼくしかいないのだから、どうしようとぼくの勝手だ。荼毘の千度の熱で宝石がどうなるのか、ぼくには分からない。でも、あのルビーは悟さんと一緒にあるべきもので、一緒に焼かれ、一緒に骨壺に収められるべきものだった。悟さんの魂にとってそれが一番の供養になるとぼくは考えた。
警察署で、変わり果てた悟さんの遺体をガラス越しに確認したときも。
ぼくと宗太とおばあさんと、塚原さんと数人の児童福祉課の人たちだけの、侘しい葬儀のときも。
骨と赤い宝石を拾い集めて、骨壺にしまったときも。
その骨壺を、お父さんと同じ先祖代々の墓に収めるときも。
宗太はずっと、ぼくに寄り添ってくれた。
考えるだけでどうしようもなく気分が悪くなって、どうしても行くことのできなかったぼくの代わりに、悟さんの死んだアパートの後処理をしてくれたのも宗太だ。
なのにぼくは、悟さんの死の知らせを聞いてから宗太とセックスができなくなった。
もちろん、悟さんの四十九日が過ぎるまではぼくも見るからに沈んでぼんやりしていたから、宗太だってにそんな気分にならなかっただろうけれど、三か月を過ぎてもそれは変わらなかった。
宗太と同じ布団で眠ることができなくなった。
宗太に触れられると体が震えだし、神経が昂って泣きたくなってしまう。自分でもどうしてだか分からない。
そんなぼくの変化をすぐに察した宗太は、ぼくに触れなくなった。
「焦らないで待っているよ」
穏やかな微笑でそう言ってくれる。その優しさに、ぼくはどこまでも甘えてしまっていた。
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