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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p19

「ねえ~、だからお願いってばぁ。今夜はぜったいに顔を見せてよっ、ねっ? ぜったいにだよ、ぜーったい。分かった? パパぁ~」  女は宗太の横に腰を下ろし、胸の前ですりすりと手のひらをこすり合わせると、はちみつとメープルシロップに水飴を混ぜてさらにねっとりと煮詰めたような甘ったるい声で言った。  宗太の半袖シャツから出ている逞しい腕に掌を乗せ、子供みたいな口調でさらに訴えながらゆさぶる。 「パパが来てくれなきゃ、つまんないよぅ~」  この大学に進学してよかったなぁ。いやむしろ、宗太を追ってここへ来て大正解だったというべきか。  むろん、こんな場面を見させられているぼくはたまったもんじゃない。  とはいえ、こんなことはさして珍しくないのだった。体をゆさぶられている宗太はなんでもないような顔をして、返事をしないまま、あいまいな微笑を浮かべている。  さてさて、どうしようかな、とでもいいたげに片眉をひらりとあげると、その表情にははっとするほどの色っぽい甘さが浮かぶ。本人はまったく意図していないらしいのだが、こういう仕草はいちいち「たらし」に見えるから今すぐにやめてほしい。  案の定、そんな目で宗太に見つめられた女はとろんと表情筋を緩ませる。健康そうな小麦色の肌に、へそちょい出しのピンクシャツ。ショート丈のブルージーンズに、栗色の巻き毛をしたボブヘアのセクシー系ギャルだ。 「そうよ。パパが一番、出席率悪いんだから。クラスの親睦会も兼ねてるんだし、できるだけ参加して」  宗太を挟んだもう一方には、黒いストレートロングヘアの女が姿勢良く立っている。こちらは色白な肌に水色のワンピースが映えるお嬢様ふうだ。  女二人はすらりとした体つきのけっこうな美人だが、栗毛の方は完全に宗太をロックオンしている。  入学してすぐにぼくは気がついた。  こうやって学食で昼食をとっていても、なにかと因縁をつけては絡んでくるし、さりげなく宗太にじゃれついては、べたべたとスキンシップを図ってくる。宗太に飄々とかわされてもしょげかえる様子もない。 「ねえってばぁ~、お願いぃ~」  今もさらにゆっさゆっさとゆすって、あろうことか上半身まですり寄せている。ぼくはいい加減、むっとした。  二年先輩のその女を箸の先で指しながら、ぼくは露悪的に口角をつりあげた。 「ねえ、おたくさ…。前から気になってんだけど、なんで宗太のことパパって呼ぶの? そんな呼び方、すげえダサくね?」  下心見え見えのしなを作っている栗毛に冷たい視線を置きつつ、それよりはだいぶぬるくなった冷やしきつねうどんをくっちゃくっちゃと咀嚼しながら、ぼくは言った。

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