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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p20
「は…?」
栗毛は、行儀悪いのを通り越してガラの悪いぼくの態度と、突然の「おたく」呼ばわりに驚いたらしい。戸惑いがちに、胡散臭いものでも眺めるみたいにしげしげとぼくへと視線をよこす。
今年の四月に入学してから、ぼくは暇さえあれば宗太とつるんでいるのだから、彼女にとってそれなりに顔見知りのはずだ。でもぼくが男という立場から、きっと彼女の中でのぼくへの理解は宗太の友人という端役に過ぎない。実際今も、なんでぼくからこんな頓珍漢な質問を受けねばならないのか、よく分からないとでも言いたげな、たいそう間の抜けた顔をしている。
「あ・の・ね。なんで宗太のことを、パパって呼ぶのかって、ぼくは訊いてんの。分かる?」
女の反応の悪さにいらいらしながら、ぼくは質問を繰り返した。
質問の意図を解したのか、栗毛は視線の先を宗太の横顔に移す。瞳孔の色があっというまに濃くなった。
――まあ、なんと分かりやすい。
ぼくは呆れ、また一方で、こんなふうにあからさまに気持ちを露出できる無邪気なこの女を羨ましく思った。
栗毛は宗太の横顔にしばし見惚れた後で、恥ずかしそうに俯いてもごもごと唇を動かす。
「え…? だって…。高橋君ってさ、なんか落ち着いてるしぃ、優しいしぃ、背も高くて、イケメンでしょ? それに、頼りがいがあって、めっちゃ親切だし。こういう人が自分のパパだったら、すっごくありがたいなあって、普通、そう思うじゃない?」
頬を紅潮させて褒めまくる。
ああ、そんなこと、ぼくが一番よーく知ってるよ。
そう言いたくなるのをぐっとこらえた。なんともいえないやさぐれた気分になる。
――て。
「自分のパパ」?
何様だよ、ふざけんな。
底意地悪くぼくはせせら笑った。
「は? なにそれ、ぜんぜん答えになってない。あんたの言うパパって、どんな男を想定してんの? 父親? それとも尻軽なJKみたいに、パパ活対象者? つまり貢がせ系? あんたは宗太の同級生なんだろ? どっちにしろ、パパって呼ぶのなんか、すごく変じゃね? じつのとこさ、あんたの目的はなんなのよ」
さらなるぼくの怒涛の質問攻めに、女が目をぱちくりさせる。
「いやに絡むな、今日は」
宗太が苦笑しながらぼくをからかう。女は気分を害されたようだった。
「パパなんて、単なるあだ名よ。当り前じゃない。うちのクラスの女子はみーんな、高橋君をそう呼んでるんだから。親しみやすくていいあだ名だねって、みんなそう言ってるよ」
唇を尖らせて睨んでくる。その目が、部外者は黙ってなさいよ的な、あんたみたいな端役の出番じゃないのよ、とでもいいたげな上から目線を孕んでいるので、ぼくの口の中がじわりと苦くなった。
自分の馬鹿さ加減が腹立たしい。
なんでぼくはあのとき、宗太の言う通りにしなかったのだろう。宗太が口にするのはぼくのためになることばかりなのに。
あれは、合格祝いにと熱烈に抱いてくれた夜だった。
コトの後で息を切らせているぼくをあたたかな腕で包み、しっかりと抱きしめて労わってくれた宗太はごく自然に、そして真摯に、これ以上ないくらいに優しくぼくの耳元でとろりと囁いてくれたのだ。「大学では俺たち、カミングアウトしような」…って。
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