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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p21
そんなふうに宗太が考えてくれただけで、ぼくは嬉しさのあまりのぼせあがってしまった。それはぼくの想像をはるかに超えた、偽りのない、まっすぐで実直な愛情表現だった。両腕を埋め尽くす花束を貰ったみたいな、サプライズのような幸せだった。
ただただ心にかぶさってくる幸福の大波にうっとりと酔いしれたぼくは、ホワンとした気分のまま、
「そんなことしなくていいよ…。あんたとこうしていられれば、ぼくは最高に幸せなんだから…」
などと呆れるほど愚直な返答をしてしまったのだ。宗太はちょっと残念そうだった。
ぼくは舌打ちを隠せなくなった。こんなことならあのとき、素直に同意しておけばよかったのだ。そうしたら、こんな女、わけなく撃退できたのに。
「本人の了承なしにセンスのないあだ名を付けるって、ただの嫌がらせじゃね? どんだけ図々しいの、あんたら」
「え…?」
と、ぼくの遠慮なしのつっこみに、栗毛はたまらなく動揺したようだった。
「パパなんて呼ばれて喜ぶ大学生が、どこにいんだよ、バカじゃねーの?」
そんな女に、ぼくはためらいなく追い打ちをかけた。
「高橋君…。パパってあだ名、嫌だった?」
上目遣いで、おずおずと女が訊く。本命だけあって本気で不安になったんだろう。
「おっせーんだよ、当人に訊くのが。ホント頭悪ィな」
ぼくは、けっと言葉を吐き捨てた。
高校の一時期に不良まがいなことをしていたので、この手のセリフは蛇口をひねられた水道水のごとくさらさらと出てくる。あまりにすぎると宗太が窘(
《たしな》めるくらいには、たやすく出てくるのだった。
「まあ。でも慣れちまったからな」
宗太は少しも怒っていない様子で、屈託なく答える。いっそ立ち直れないほど厳しい言葉を投げかけてやりゃいいのにと、ぼくは少し不満だった。
こういうときに良いも悪いも断定しないのが、この人の「たらし」なところだ。こっちは煙に巻かれたようで、内心もやっとしても、なんとなく許してしまう。悔しいけれどこれは生まれながらの才能に相違ない。宗太には「誑 し遺伝子Trs-gene」とかがあるのだ、きっと。
「さあさあ。予約もあることだし、人数、ちゃんと決めないとだから。本当に来てくれる、パパ?」
ストレートロングが再度確認する。
宗太がぼくに視線を流して、意見を求めてきた。
…うん、そうだね、分かってる。
今夜は、おばあさんが町内会の旅行で外泊ってことで、二人きりの「おうち焼肉」で存分に飲もうって約束していたんだよね。もちろん、その後にひかえる「お楽しみ」だってある。それを気にかけてくれているのだった。
でも正直、こちらはたいした用事じゃない。おばあさんは親戚の集まりで泊まりに行ったりとお出かけも多い人だから、「おうち焼肉」は別に今日でなくてもいいのだ。なんといってもぼくたちは一緒に暮らしているのだし、時間と余裕だけはたっぷりあるのだから。
ぼくと宗太の本当の関係は、宗太と親しいごく一部の友人たちしか知らない。その友人の一人、三上さんがたまたま脇の通路を通りかかり、宗太と「おう」などと声をかけ合った。
「三上。今日の飲み会、どうする」
「行くけど?」
あっさりした返事に宗太が「そうか」と相槌を打つ。気持ちが少し傾きかけたようだ。
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