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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p22

   ***  この大学には体育館に室内プールがあって、高校時代も水泳部だった宗太はバイトのない日はたいがい泳いでから帰る。  ぼくもたまに付き合うけれど、水泳は着替えとかが本当に面倒くさい。それよりは図書館で数列を解いたり課題をやっているほうが楽なので、そうしている。ぼくは根っからの面倒くさがりなのだ。なんの自慢にもならないけど。  今も校内のメインストリートを点々と照らす外灯の下のベンチに座って、膝の上にノートを広げ、課題の微分積分に取り組みながら宗太を待っていた。図書館にいたけれど、閉館時間になってしまい追い出されたのだ。  昼間はじりじりと大地を焦がす太陽もすっかりなりをひそめ、生ぬるいながらも優しい風がそよそよと吹いていて快い。  不意に、数歩先にぬうっと誰かが立った。  宗太にしては時間が早いなと思いながら見上げると、三上さんだ。リュックからスティックの先が覗いているから、軽音部の帰りなんだろう。  この人はドラムスをやっていて、大柄な体格から流れる音は繊細であり、時に豪快だ。ぼくはこの人の繰り出すドラムの音が大好きだった。  宗太と同じ社会学研究科の三年生で、ぼくと宗太の仲を知る数少ない一人でもある。刈り込んだ頭髪にナチュラルな服装、人好きのする微笑をうっすらと頬に乗せているこの人を見るたびに、「類友」って本当なんだなとつくづく思う。出来るオッサンみたいに鷹揚で、やたら落ち着きがあって、なんとなく「たらし」なところも宗太に似ている。  目の前にコーヒーの缶が差し出された。 「ほい。差し入れ」  手に取るとありがたいほどに冷たい。ぼくの好きな銘柄の微糖であることも嬉しかった。よく憶えてくれているなあと感心してしまった。 「差し入れしてもらうほど、たいしたことしてないけど」  値段はもう訊かない。  代金を渡そうとしても受け取らないからだ。先輩からの下賜品はありがたく頂戴しとけ、というのがこの人の十八番のセリフだった。 「部室が満員なんで出てきたんだ。そうしたらお前が見えたから。隣、いいか?」  ぼくの返事など待つ気もないようで、勝手に横に腰掛けてきて自分の缶のプルタブを引き、ごくごくと飲み始める。 「あんた、今から飲み会じゃないの?」  宗太がぼくのために断ってくれたやつだった。  ぼくは思い出しながら呆れ半分に言った。夕食前に砂糖入りのコーヒーなんか飲んだら、腹が膨れてしまうじゃないかと思ったのだ。 「おうよ。酔いつぶれ防止に飲んでんの。これしないと酒飲みすぎちゃうんだよ。だから習慣にしてんだ」 「へえ。おかしな習慣だね」  お前ってやつはほんと、物の言い方に斟酌がないね、と笑う。 「そういうところも好きなんだろうなあ、高橋は。あいつを待ってんだろ?」 「うん」 「一緒に住んでるのに、さらに一緒に帰るってどんだけラブラブなん。今日もあいつ、宮代のために飲み会に出ないんだろうな」 「そうみたいね。ぼく、別に出てくれていいと思ったんだけど」 「それより、お前と一緒にいたいんだろうよ」  嬉しいことをさらりと言ってくれる。気をよくしたぼくは常々気になっていた、ちょっと踏み込んだ質問をする気になった。 「ねえ、三上さん。あんたって、どうやって宗太とお互いにゲイって知り合うようになったの。いきなり、おたくはゲイですか、なんて訊かないでしょ?」  そう。この人もゲイなのだ。そのことを知っているのもおそらくごく少人数だろうし、ぼくが知っているのは宗太からではなく、ぼくと宗太の関係を知っていると三上さんが打ち明けてくれた時に知らされたのだ。一瞬、猛烈に困惑したけれど、この人の生真面目な表情に心が和んで安心感を得たのを憶えている。  まさに斟酌のない、ぼくのいきなりの質問にも動じるふうもなく、三上さんは飄然とした顔で口を開く。 「ああ、それはさ。俺が入学早々、高橋を口説いたんだよね。なんとなくだけど、こいつ多分、同類だなってピンときたから」  ぼくはぶっとんだ。  入学早々、同類だと気づく三上さんの勘の良さもすごいと思うが、それよりも三上さんが宗太を口説いたって事実にぶっとぶ。月まで行っちまいそうだ。

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