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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p25

   ***  古い講義棟に四方を囲まれた広い中庭には、何十匹もの鯉の棲む大きな池がある。周りには良質の芝生が敷かれ、アイアンの洒落たベンチもあって、ちょっとした憩いの場になっていた。  その中庭で「妖精」を見つけたのは、秋風が心地よい十月下旬、うららかな日差しが降りそそぐ小春日和の昼さがりだった。  いつものように学食で宗太と昼食をとり、レポートを提出するために学生課のある棟へ寄って、帰りに中庭を抜けようとしたときだ。はたとぼくの足が止まった。妖精を先に見つけたのは、ぼくだった。 「宗太、見てあれ――――」  ぼくの声掛けに足を止め、「なんだ」と怪訝そうに答えた宗太がぼくの視線を追う。次の瞬間、その光景に宗太も息を呑んだ。  妖精はベンチではなく芝生に倒れていた。羽をどこかに置いてきたのか。それとも誰かにむしられて、痛みのあまり気絶しているのか。空から、ぴゅ~ん、ぽてん、と落ちたみたいに、長い手足を無造作に投げ出して横たわっていた。  目の下は遠目からも分かるほど青みがかり、昏い表情を浮かべていて、寝ているというよりは気を失っているのに近い。だからぼくは「倒れている」などと思ったのだ。  陶器に似た白い肌に、光沢のある白いサテンの上下の服。プラチナの髪は、伸びかけの長めのショートの宗太よりも、まだ少し長い。  近くに荷物らしきものはない。靴下は履いておらず、ビニル製のサンダルをつっかけている。  ――う~む?  ぼくは首をひねった。  今どきは妖精もビニールのサンダルを履くのだろうか。ただしそのサンダルも白で揃えられているので、たとえビニル製でも彼の「妖精度」の邪魔にはなっていない。  神秘的なものを似つかわしくない場所で見つけてしまったぼくは、ひどく狼狽した。ぼくたちのそばで通りかかっている学生も、「なんだあれ」とボソボソしゃべりながら歩いている。  神秘にしてはちょっとおかしい。  神秘にしては、おおっぴらすぎる。神秘のなせる技ならば、もう少し見せる相手を絞り込むだろう。  落ち着いて考えれば、この快い陽気の下、一風変わった学生が芝生の上で昼寝をしているだけ、と、とるほうが自然なのかもしれない。現にそんな風変わりな学生も少なくない。もっともその端整な顔立ちから、妖精に西洋の血が濃く混ざっていることは間違いなかろう。  しかし正直、あれは生きている人間に見えない。体も薄くて煎餅みたい。肌は青白く、唇まで青白い。ぶっちゃけ、死んでんのかも、とは、思った。  やはりそれはどう見ても異様な光景で、いつも飄然として何につけても鷹揚に構えるのが十八番の宗太も、今は目を皿のようにして、食い入るように妖精を見つめている。こんなふうに好奇心をむき出しにする宗太も珍しいのだった。  宗太が妖精に向かって一歩を踏み出す。迷いのない歩調に驚いて、心臓がはねあがった。どう見ても関わったら面倒な相手だ。近寄るなんて、なんて酔狂なんだろうと思った。  しかし彼のことだ。 例の「優しい心根」だか「世話焼き遺伝子」だかを触発されて、放っておけない衝動が働いたのに違いない。ぼくはなんとなく落ち着かない気持ちで、宗太の後を追った。

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