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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p27
「冬休みになる前に唯輔が転校して、離れたきりだった」
――「唯輔」。
彼の名前を唇にのぼらせる宗太の低音の響きには、いつもと違う何かが含まれているように感じられてならない。特別な彩色がうっすらとなされている感じがして、ぼくは少し不安になった。
「ここの学生?」
「どうかな。これまで見かけたことなかった」
ならばいったいどういうわけか。
「なんだろ。ぼく、狐につままれたみたいなんだけど」
「だな。俺もだ」
宗太が苦笑する。
唯輔は背後から支える宗太の胸に頭を預けて、くったりと寝ている。
妖精と思わせていたサテン生地の上下は、よく見ると上質なパジャマだった。背はぼくと宗太の中間くらいか。顔はほっそりとし、手も足も、見える部分は骨が浮き出ていて細い。このぶんでは全身も痩せ細っているに違いない。
「これって、どこかの病院から逃げてきちゃいました、って感じじゃない? どうすんの、宗太」
うーん…、と、宗太が首をひねる。
「とりあえず、保健センターで診てもらうか。少なくとも話はできるみたいだからな。目覚めさえすれば、それなりに事情は分かるだろう」
確かにあそこならば保健医もいることだし、安心だ。
よっこいしょと、唯輔を横抱きにして宗太が立つ。
宗太と唯輔の組み合わせはやはり羨ましいほど美しく、ぼくは不覚にも胸のチリ付きに苦しんだ。宗太の腕の中で顎をのけぞらせた白い妖精は、まるで可憐な蘭の花みたいに可愛くもある。
「ついていこうか?」
「授業が始まる時間だろ。遅刻するのは俺だけでいいよ」
屈託なく微笑む彼は、純粋にぼくの遅刻を心配してくれているのだ。
「次の授業が終わったら暇になるから、ぼく、様子を見に行ってみる」
「助かる。俺は五限が終わり次第、すぐに行くから」
「うん」
まるでお姫様を抱えている王子様よろしく、宗太は颯爽と歩き去ってゆく。
宗太と別れたぼくは授業に向かうふりをして、そっとその後ろ姿を見守った。
落ち着かない気分だった。
嫌な気分。
あの腕は本来ぼくのもので、ぼく以外の誰も、かかえて欲しくない。
――なーんて、こんなときにまでこんなことを考えてしまうぼくは、本当に性格が悪い。
宗太のことだ。中学時代の同級生が倒れていたら助けるに決まっている。それだけのことなのに、幼稚なやきもちをやいて心を乱されているぼくのほうが、愚かなのだ。
(でも綺麗すぎるよ…)
引っかかっているのは、そこだ。
中学でのクラスメートっていうけれど、ゲイの宗太君には目の毒にしかならないような、たいそうな美形じゃないか?
そんなふうに唯輔の不審さや不気味さよりも、あまりの美しさのほうにぼくは不安を覚え、心をかき乱されていたのだった。――予感、と言ってもよかった。
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