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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p33
「佳樹?」
唇を離した宗太が怪訝そうに顔をあげる。
はっと我に返ったぼくは、両手で顔を隠した。こんな思考をしていたのが、恥ずかしい…。
ぼくの髪をゆっくりと撫でながら、宗太が優しい声を降らせてくる。
「今日はノらない?」
ぼくは首を横に振った。
「じゃあ、どうかした?」
その声は温和だけれど、ぼくの腕を取る力はしっかりしていて、ぼくは難なく両手首を布団に縫い留められてしまう。宗太がぼくの顔を覗き込んで、目を丸くした。
「なんで、泣いてる?」
動揺に満ちた声。思いがけないぼくの反応に傷ついているような表情でもあった。
ああ、勘違いされた。宗太とのセックスが、嫌なわけじゃないんだよ。
「なんでもない。少し疲れてるだけ」
宗太は指の背中を使い、羽のようなタッチで濡れたぼくの頬を撫でる。たっぷりの労わりがその繊細な感触から伝わってくる。
「なら、今夜はやめような」
こういうとき、宗太はぼくに負い目を感じさせないように、けして責めだてるような、残念そうな声を出さない。それほど彼は心優しい人なのだ。
なんとなく気まずくて後ろに寝返ると、宗太に背中をかかえられた。そのあたたかさに切なくなる。宗太のものはまだ固かった。
「ごめん」
鼻がツンとなった。
「いい。こんな日もあって当たり前だ」
でも、ぼくのソコだって、本当は欲しくて欲しくて切なく疼いている。このままこの姿勢で入れてもらっていいくらいだ。
でも、こんな状態で抱かれてしまえば気持ちがぐだぐだになって、無視してはならない不安を自分自身で誤魔化してしまうだろう。心から愉しんでいないのにそうしているふりをするのは、嘘に嘘を重ねるようで嫌だった。
「唯輔に再会できてよかったね」
だからぼくはそう問いかけた。宗太は唖然としたようだった。どう答えたらいいのか困っているみたいな静けさが流れる。突飛な質問に戸惑っているのだ。顔を見なくても、それがぼくには不思議と分かる。
「久しぶりに昔の友達に会えてさ、嬉しかったろ?」
核心を避けながら付け足した。
「うん、まあ」
困惑気味の回答。
「宗太、変わってないって言われてたね。唯輔も変わってなかった?」
なんでこんな質問をされるのだろう、と思っているのも、ぼくには分かる。
「そうだな。前より痩せてた。元から細い奴だったけどさ…、不眠症も関係しているのかな。その他は、雰囲気とかも全然変わってなかった」
ぼくは、喉元に突きあげてくる問いを発さずにはいられなかった。それで自分がショックを受けるとしても、知らないよりかは何万倍もマシだと思う。
「もしかしてあんた、あいつのこと好きだったんじゃない? ぼく、今日ずっとそう感じてた」
唯輔を見つけた時から。だからこそぼくは、こんなに胸騒ぎを起こしているのだろう。
唯輔を呼ぶときの声のトーンや唯輔を見るときの目つき。その中にひそんでいる仄かな色合いから、ぼくは、宗太が彼に特別な思いを抱いていたことを感じ取ったのだ。
「昔な」
短く、あっさりと伝えられた真実だった。けれど、その現実はぼくの中で黒くよどんだ。
胃のあたりがスッと冷たくなる。予感というか、第六感が的中してしまった、哀しさ。
「そういうの、内緒にしないでちゃんと話してほしいな」
返したぼくの声には、紛うことなき棘があった。
「こっちは、騙されてる気分になる」
「…騙されてるって――昔の話だぞ?」
宗太はやや呆れ気味だった。ぼくは小さく首を振った。
「いいや。今の話だ。だって唯輔は今日、あんたの前に現れたんだもの。疚しい気持ちがないんだったら、なんでぼくに話さない? なんで隠してたの?」
毛布みたいに心地よい宗太の腕の中で、ぼくはみっともない駄々をこねる。愚かしいのは自覚しているけれど止まらない。
「別に隠したつもりはないんだけどな」
相変わらず宗太の口調は淡々としている。「なら話すけどさ」と宗太が続けた。
「初恋の相手だった」
さすがにこの返答は予期してなくて、ぼくは絶句した。
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