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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p34

「告白はしてない。中三で同じクラスになったけど、あいつは途中で転校したし。翌年には俺、中村さんを好きになってたしな。ま、その程度の想いだったってことだ」  元遊び人らしく、軽い口調で言葉を切る。  そしてぼくが出会ったころ、中村さんにフラれた宗太はヤケになっていろんなやつを抱きまくっていたのだ。それこそ日替わりで。  そのころのぼくは叔父の悟さんからいやというほどレイプされ、鞭打たれて。彼のものに突きあげられながら、誰にも聞かせられないような嬌声をあげていた。  それから、宗太に助けられた。  だから、ぼくにとって宗太は命の恩人だ。ぼくのすべてだ。  宗太にとって、ぼくはすべてではなくとも。  でもぼくは、それを不公平だなんて思ったことは一回もない。圧倒的にぼくの分が悪いのは、最初から明白だった。 「……」  不意にぐいっと体をひっくり返された。それがあまりに唐突だったから、驚きのあまり、ぼくはほんの数センチ前にある宗太の顔を茫然と眺めてしまう。 「こら」  宗太は例のごとく、よく感情の掴めない顔でぼくを見つめ、ぼくの鼻ヅラを人差し指の腹でとんと叩いた。 「また妙なことを考えているんだろ。俺が好きなのは佳樹だけだって、分かってるよな?」  ぼくは泣きそうになって、首をぶるぶると振った。 「だって、あんなに綺麗だよ、唯輔はさ。どうして、あんたが好きにならずにいられる?」  呆気にとられた様子で宗太が目を丸くする。 「綺麗だとか、そんなのは関係ないだろ? 俺には佳樹がいるのに」 「でも、すごくお似合いだったよ。かっこいいあんたに、綺麗な唯輔。あんたら、さっき何人に写真に撮られたか知れないよ」  もう、ぼくは我慢が利かなくなって、涙のあふれ出す目をこすりながらしゃくりあげた。 「今だってさ…。ほんとは唯輔のことを考えてたろ? ぼく、ちょっとでもあんたの気持ちが分かるんだよ。唯輔を心配してる顔してた。そんな中途半端な気持ちのまんまで抱いて欲しくなくて、拒絶したんだよ…」  心底、ひんしゅくもののぼくは、こんなふうに馬鹿正直を晒して宗太をさらに困らせることになる。 「友達だから――少しは、今頃どうしてるかなと思うだろう」  ぼくは、そら見ろ、と言い返した。 「ほらな。ぼくを抱きながら、唯輔のことを考えていたんだ。そんなのは嫌だよ。あんたを、とられちゃいそうでさ」  ああ。なんて、あさましい。自己嫌悪の風がびゅーびゅーと胸の中で吹きつけている。  つらい中で気丈にふるまっていた唯輔の透明な美しさに比べて、なんてぼくはどろどろと醜いのか。 「おまえだけを見ててほしい?」  宗太がぼくの顔を覗き込んでくる。ぼくはこっくりと首肯した。 「あたりまえだよ」 「そうしているつもりだけどな」  参ったような声を返される。 「してない。し足らない。もっとして」 「わがまま姫」  おでこにスタンプキスが来て、頭を抱えられた。これ、乱暴に見えてすごく愛情のこもった優しい動作なんだ。  あたたかな胸へと引きずられ、単純なぼくはそれだけで魔法にかかったみたいにうっとりとする。岩盤みたいに固くなっていた心がとろけてくる。 「あんたみたいなのを恋人に持ったら、誰だって不安になるんだよ」  それでも、まだ恨み節は出てきてしまうのだった。 「こんなに好きなのにな。困ったお姫様だ」 「だってさ、」  こんなに好きなのは、ぼくも同じだ。  できることならこの胸をいくらでも切開して、宗太への想いをその目で確かめてほしい。 「唯輔は、ただの友達だ」 「本当に?」 「こら。あんまり当然のことばかり言わせるなよ」  今度はこつんと頭を小突かれる。もちろん痛くない程度にだ。 「あんたに関しちゃ、いくらだって理性が吹き飛ぶんだよ、ぼくは」  唇を尖らかせた。そんなぼくに宗太は目をぱちくりさせてから、おかしそうに笑う。 「可愛くて、参るな。佳樹は」  色っぽい声で「可愛い」「参る」なんて言われたら、ぼくの胸はキューピッドの鉄砲にズキュンと貫かれて全身が甘く溶けかける。ぼくは、おそるおそる訊ねた。 「宗太――――やっぱり、抱いてくれる?」  宗太の唇の両端がご満悦そうにあがる。 「もっと可愛いとこ、いっぱい見せてくれるなら」  たらしだ。こんな一言で、ぼくを腑抜けにさせちゃうんだから。

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