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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p39
シャワーを浴びて自室に戻る。その手前に宗太の部屋はあった。
ぼくはドアの前に佇んだ。今夜から宗太は唯輔の部屋に泊まり込んでいて、なんだか家から明かりがなくなったような寂しさが心に淀んでいる。
しばらく迷った末に、ドアを開けた。
宗太が恋しくてならなかった。その気持ちに導かれるようにして中へ入った。
暗がりの室内にベッドがぼんやり浮かんで見える。自分でもよく分からない衝動のままその上に横たわった。
石鹸とシャンプーと、シャワーを浴びても仄かに残るプールの匂い。そしてローションの蠱惑的な匂い。洗濯でも落ちきらない香りが宗太の寝具には沁みついている。大好きな匂いをぼくは迷子の子犬が家路をたどろうとするみたいに、くん…と嗅いだ。
枕に頬を埋めて、宗太の感触を思い出そうとした。ぼくの肌には宗太の愛撫が染み付いているから、それはすぐに蘇った。
「宗太…」
抱かれたい。
おでこや頬、身体の隅々にもいっぱいキスしてほしい。
指を絡ませて、きゅっと握ってほしい。いつもみたいに、愛情に満ちたまなざしをたっぷりと注いでほしい。
たくさんセックスしたい。
ぼくのペニスをしごいてよ。
たちまち、ぴりっとした欲望が下半身を灼いた。寂しくてもぼくの性欲は減らないらしい。
「ん、」
目を閉じて、今、上から宗太の逞しい体を重ねられていて、首筋に舌で愛撫を受けているのだと想像してみる。宗太の厚い胸板、固い腹筋…、そういうものが生々しく思い出される。
そして、締まった腰が一つ、ゆらりと動いて――――。
固く硬起し始めた、ぼくを欲しがるもの。ぼくが欲しがるもの。
『愛してる、佳樹…』
甘く囁く吐息さえ、耳朶に甦って。この手を宗太のものだと考えて、自分を慰める。そうしたら鬱々としたこの気持ちも少しは晴れるかもしれない。
不意に、ジジジジ……と振動音が聞こえてきて、ぼくはぱっちりと目を開けた。
隣の部屋から聞こえてくる、ぼくのスマホの唸り音。
ふう、と溜め息をついた。
盛りあがった気分を冷まし、自室に戻って確認すると宗太からだった。
ヒョクンと心臓が跳ねる。
もしかしたらくれるかな、と期待していた。だからあまり驚かなかった。離れていても宗太は、ぼくが夜にさみしがるのを分かっているのだろう。なのでこのヒョクンは驚きのヒョクンではなくて、嬉しさのヒョクンだ。ぼくは通話にしたスマホを耳にあてた。
「はい」
「佳樹か?」
やさしい陽だまりのような声が小さな穴から届く。まるでサンタさんのプレゼントのように。ぼくの大好きな声だった。ぼくが魂から求める声だった。
「うん」
「遅い時間に、ごめんな」
自分のベッドに横になって、ぼくは見えない相手に首を振った。
「いいよ、電話くれて嬉しい」
「声が聞きたかったから」
宗太はこうして、恋人であるぼくへの愛情をまっすぐに伝えてくれるのだった。
「夕食、食べた?」
「うん」
「何、食べた?」
親しみのある響きだ。宗太はぼくの体調を一番に心配してくれる、一番の「過」保護者だった。ぼくも同じように親しみのある口調で答えた。
「焼きそば。おばあさんが作ってくれたやつ。ほら、えびと豚肉がたくさん入ってるやつ」
「ああ、いいな。あれ、うまいだろ」
メニューを伝えただけでそのおいしさを共有できるのは、心底、幸せだ。
「宗太は?」
「今日は時間がなかったから。唯輔と一緒に外でソバ食った」
「へえ…」
ソバかあ。
唯輔と一緒に、のところは少しひっかかったけれど、気持ちがガサつくのをなんとか抑え込んだ。
「明日は買い物に行ってくる。調理器具とか、食材とかな。あいつ、どうも栄養が足らないらしくて。しばらくは、手料理を食わしてやろうと思って」
確かに唯輔の部屋には鍋一つ、フライパン一つなかった。本当に宙に浮いている霞を食っているような奴なのだ。
「そうだね」
それでも、宗太と唯輔が一緒に買い物している風景や、宗太の手料理を食している唯輔を想像して、ぼくの胸はまた、ちりっと焦げつく。
宗太はさっきから遠慮がちなしゃべり方をしている。もしやと思って訊ねた。
「唯輔、寝てるの?」
「うん。ついさっきからな」
彼が眠るのを待ってかけてきたってわけか。
それで再度、もやもやとしたものが胸中に生じる。蚊帳の外に置かれたみたいでつまらなくなった。ぼくはずっとこんな感じなのだろうか。あさましいぼく。嫉妬ばかりのぼく。
日蔭者のような扱いを受けた感じがしたのだ。でも、すぐにほくは、何言ってるんだ、と自分自身を諫 めた。
宗太と出会ったころのぼくは、それこそ日蔭者でシダのような存在だったじゃないか。それを宗太が見つけて、助け出してくれたのだ。
まったく、どこまでぼくは図々しく、今の幸せに慣れてしまっているのだろう。そもそも、つらい状況の唯輔の前で、幸せの垂れ流しみたいなこんな電話を宗太がするわけがない。彼はことさらに、気配りに長けた人なのだから。
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