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第12話 あやかしたちの住む地で

 あやかしたちの住む世界は、人がいないこと以外は人の世界と変わらない。天気も、季節もちゃんとある。  最初のうちこそ、暦も季節の催し物もなくて時間の流れが曖昧に感じられた蘇芳だったが、慣れてくればむしろ村にいた頃よりも、自然の些細な変化を敏感に捉えられるようになってきていた。  四季折々に咲く花も、鳥や獣たちの求愛も、こんなに命の豊かさを感じたのは、初めてだった。  それだけに、蘇芳は時折、あやかしたちの言うことも分かるような気がして、心が揺らいだ。でも、と蘇芳はその度に思う。  ——ここにいて、自分に何ができる?  言われたことをこなすので精一杯だった最初の頃に比べ、今は余裕も生まれて、日々あたりを散策しては食べられそうな木の実をとってみたり、きれいな花が咲いていればミソラに見せようと活けておいたり、さまざまなことができるようになっている。  あやかしの集落へも、煙たがられない程度に通っては彼らの会話に耳を傾け、ごく稀にだけれど一言二言、言葉を交わすようにもなった。大抵はミソラの様子を聞かれたり、言伝を預かったりといった程度だったが、彼らにも人と同じように感情が、表情があることを知った。  そうして、ここでの生活に馴染めば馴染むほど、蘇芳の胸の内に生まれたわだかまりのようなものは消えるどころか、むしろ強く意識される一方になっていた。  ——俺は、もう数えで十五になる。だけど、ここではずっと小さな童と同じだ……  村にいたなら、もう見習いとして働き始める年頃になる。  蘇芳はよく鼻が効き、両親の育てていた薬草の種類も早くから覚えることができていた。お前は見所がある、と父に言われて嬉しく思ったのが、もう遠い昔のようだ。  最近になって見た目にも、蘇芳があやかしの血を引くものであることがはっきりと現れてきていた。  濃い色だった髪は淡い灰色に、黒に見えていた瞳は暗い紅に。この瞳の色を「蘇芳」と呼ぶのだと、ミソラはそう言った。  自分の名前も忘れた蘇芳が、人にはないこの色を瞳に持つことを知っていて、ミソラはこの名をつけたのだと今は分かる。雨上がりの水たまりに映る自分の顔は、確かにミソラに連なるものだった。  自分は何者なのか。蘇芳はここのところそれをずっと、考えている。帰るべき場所はどこなのか。ここ、ミソラの元なのか、あるいは。  もっとたくさん、やるべきことに追われていたら、そんなことを考える暇もなかったのかもしれない。きっと村にいたら、働き手として毎日くたくたになるまで身体を動かしていたに違いないのだ。  けれど、蘇芳はここで持て余す時間に任せて、自分のいる意味を思うようになった。  自分も何か役に立ちたい。頼りにされたい。自分がいることで、誰かが嬉しかったり、楽になったりすれば、自分なんかいてもいなくても同じだと、辛く感じることはなくなるんじゃないか。  村の働く大人たちのことを、思い出す。みな、愚痴をこぼしながらも、自分の仕事に誇りを持っていた。  誰かの役に立てること、家族を守れること、それが時に支えになり、力になり、辛くても皆助け合って生きていた。  村にいた頃まだ子どもだった自分には何とも思わない毎日の光景だったけれど、今はなんとなく分かる。  自分にも何か意味が、生きるための支えになる、理由になるものが欲しいと思った。

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