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ここは一体どこなの?
<side月坂 蓮>
「わぁーっ! 空が青い! やっぱここまできた甲斐があったな。空気が澄んで気持ちいい!」
目の前に広がる自然の美しさに僕は胸を高鳴らせていた。
僕の名前は月坂 蓮 。
転勤族だった両親の影響でいろんな地域を転々とし、友達と呼べる人ができなかったから一人で家で過ごすことが多かった。
そんな僕の唯一の楽しみは絵を描くこと。
家から見える風景は引っ越しの度にどんどん変わっていく。
それを毎回描き残すのが僕の楽しみだった。
晴れの日、雨の日、風が強い日、真夏日、雪が降ったり、台風だったり……毎日毎日見える景色は同じでも全く同じ日は一日もない。
そのおかげか、少しの変化を描き分けるのが僕の特技になっていた。
だからこそ、大学ではなんの迷いもなく美術大学を選んだ。
せっかく行くなら日本最高峰の美術大学に行きたい! と必死に勉強して現役合格を果たした。
毎日が充実して楽しくて……僕は絵が描けることの幸せを感じていた。
今回、僕は大学の夏季休暇を利用して、うちから電車とバスを乗り継いで四時間ほどの場所にある湖に来ていた。
どうしてせっかくの夏季休暇にこんな遠いところまで一人でやってきたかというと、数ヶ月前ネットで偶然見つけたある一枚の写真が発端だった。
それを目にした瞬間、その光景が僕の頭にこびりついて離れなかったんだ。
いつかあの場所を自分の目で見てみたい……その一心で僕はその場所を必死に探し出した。
ちょうどその頃、毎年秋に行われる美術系の学生を対象にした大きなコンクールの課題が発表された。
課題絵画部門は毎年、人物画だったり抽象画だったり変わるのだけど、今年は風景画。
その課題を見た時に僕は運命のようなものを感じていた。
僕が風景画を描くならもうここしかない。
それしか思えなかった。
ネットで見つけた写真は湖が太陽の光を燦々と浴びた昼間の様相だったけれど、僕は絶対に夕日を纏った姿が美しいと思っていた。
だから僕はここに泊まり込むつもりで大きなリュックに簡易的なテントと寝袋を入れ、画材をたくさん持ってここまでやってきたんだ。
あまりの大荷物に小さな僕の身体は押しつぶされそうになっていたけれど、あの湖に行けるのだからと身を奮い立たせてようやくここまで辿り着いた。
「はぁーーーっ。なんて美しいんだろう!! ここが日本だなんて信じられないくらいだ」
心の中まで心地よくしてくれるほどの綺麗な青い空、美しい自然の緑に囲まれた湖。
その水面は太陽の光を浴びてまるで宝石のようにキラキラと光り輝き、中は透けて見えるほど透明感がある。
その深さに少し怯んでしまうほどだ。
写真よりもずっとずっと素晴らしい光景に感動して思わず心の声が漏れ出てしまった。
こんなにも美しい風景が夕方になったらどれほど美しい姿を見せてくれるのだろう。
僕はもうその時がくるのが待ち遠しくて仕方がなかった。
この湖が一番綺麗に見える場所はどこか、大きなリュックを背負い、湖を歩き回ってようやくベストポジションを決めた。
「よぉーし! ここだ! ここしかない!!」
僕はその場にリュックを下ろし、簡易テントと寝袋、椅子や画材を用意して持ってきた自作の弁当を食べながら、ひたすらその時を待った。
少しずつ日が傾いていくのを緊張しながら見つめる。
この間に軽く描いた数枚の絵。
太陽光の向き、そよそよと揺れる風の動き、水面のゆらめき……そのどれをとっても同じでない動きで、どの絵も違う場所を捉えたように見える。
ああ、僕にこんな絵を描かせてくれるこの湖は本当に素敵な場所だ。
ここを見つけられて本当によかった。
「あ、そろそろだ!」
とうとう待ちに待っていた時間がやってきた。
日が沈みかけ、真っ赤に燃やす空の色が水面に反射する。
「わぁーーっ!! 凄いっ!!」
さっきまで透明感たっぷりに透き通っていた湖がまるで血のように真っ赤に染まっていく。
けれど、そこに恐ろしさはどこにもない。
ただただ神秘的で自然が作り出す美しさに僕は陶然と見惚れてしまっていた。
あの写真家がこれを撮らなかったのがわかる気がする。
この美しさは決して写真では表すことはできないだろうから。
でも絵ならきっと表せるはずだ!
僕はこの神秘的な光景を目と、そして心に深く焼き付けていた。
必死に筆を走らせていると、
「うわーっ、何? どうしたの?」
突然湖全体を覆うように空に向かって眩い光が立ち昇った。
その光の凄まじい威力に目を開けることもできない。
僕は思いもかけない出来事にその場にしゃがみ込むことしかできない。
それからどれくらい光り続けていたのだろう。
僕は何が起こったのかもわからないまま、しばらくその場にしゃがんでいると突然フッと光が消えたような気がした。
恐る恐る目を開けてみると、
「えっ? ここ、どこ?」
僕はさっきまでいた湖とは全く違う場所にいた。
目の前には確かに大きな湖がある。
けれど、今までいた湖とは全く違うものだ。
あれだけの時間見続けていた湖だ。
間違うわけがない。
それに周りの様子も違う。
湖の周りにこんなにも高い木は生い茂ってなかった。
この短時間に成長するなんてあり得ない。
どう考えてもここはさっきの場所とは違う場所だ。
「一体……何が、どう……なってるの??」
後ろを向けば、置いていたはずのテントも寝袋も画材も何もない。
ああ、もう頭がおかしくなりそうだ。
こんな森の中でなんの荷物もなく、ただ一人……。
恐怖以外の何ものでもない。
「こんなところで一体どうしたらいいんだよ……」
ため息を吐くことしかできない僕の背後から、突然
「ここで何をしている?」
と低い声が聞こえた。
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