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レンのために

<sideルーファス> 昨夜は私の上着を着せて寝かせた。 長い袖を何度も折り曲げ、裾からスラリと細く長い脚を見せるレンの姿はとても愛らしかった。 今日もそのままでいて欲しいくらいだったが、さすがに寝巻きのままでいさせるわけにもいかない。 何よりこの可愛らしい姿を私以外の者が目にするなど許せることではない。 元の世界に戻る方法が見つかるまではレンはここに留まるのだし、服は必要だろう。 今日にでも仕立て屋を呼び、レンの服を誂えるとしよう。 その服ができるまでの間、レンに何を着せようかと考えた時に、思い出したのは私の子ども時代の服だった。 あれならきっとレンにも合うはずだ。 たとえ少しくらい大きくともそれくらいの手直しならすぐにできるはずだ。 私はクローゼットに収められている服の中から、レンが着られそうな大きさのものを選んでレンに手渡した。 成人前に着ていた服だと説明はしたが、あの服を着ていたのは10歳くらいだろうか。 まぁそれでも成人前に変わりはない。 嘘をついたわけではないからいいだろう。 王家の紋章がしっかりとつけられたこの服は、当時王子であった私の持っていた物の中でも特別な物だ。 私がレンを自室に住まわせ、自ら世話をしているという事実だけでも十分すぎるほどの特別待遇だが、レンにこれを着させておけば決して軽んじられることはない。 それくらい特別な意味をもつ服なのだ。 レンはこの服を見て、 「着方は難しいですか?」 と尋ねてきたが、確かに慣れるまでは時間がかかるかもしれない。 だが、決して人の手を借りなければ着られない代物ということではない。 それでも私がこの手でレンに着せてあげたかったのだ。 服を着させ、声をかけるとレンはすぐに鏡の前に向かい自分の姿に驚き感嘆の声をあげながら、鏡の前でくるくると回ったりポーズを決めたりする。 「くっ――!!」 なんだ、この可愛い生き物は……。 これが本当に21歳なのか? 信じられん……。 私が着ていた服とは思えないほど、可愛らしいその姿に思わず膝から崩れ落ちた。 「ルーファスさん?? だ、大丈夫ですか?」 突然の私の奇行に驚き駆け寄ってきてくれたレンが私の手をそっと握りながら、 「どこか苦しいところでもありますか?」 と心配そうに尋ねてくれる。 おそらく病気だと思ったのだろう。 ああ、なんて優しいんだ。 「大丈夫だ。レンがあまりにも可愛くて我慢できなかっただけだ」 「えっ? かわいい――? ああ、この服ですか。ふふっ、これをルーファスさんも着てたんですね。でも、これは可愛いというより、かっこいいですよ。ルーファスさん、この服を着こなしてたんだろうなと思ったら、すっごくかっこいい姿想像しちゃいました」 「えっ? かっこいい? もしかして、鏡を見ながらそう思ってくれていたのか?」 「はい。だって、僕が着るよりルーファスさんが着た方が絶対似合いますから。でも……こうやってルーファスさんが着てたのを着せてもらえるのって、思い出を共有するみたいで楽しいですね」 「思い出を……共有……」 そうだな。 もし、レンが帰ってしまったら……きっと私はこの服を生涯大事にするだろうな。 いや、そもそも生きていられるかはわからんが……。 途端に寂しさが込み上げてきたが、レンの気持ちはものすごく嬉しい。 ただ私の気持ちが追いついていかないだけだ。 「ルーファスさん?」 いきなり黙ってしまった私を心配するようにレンが声をかけてくれる。 今はまだ帰ってしまうことを考えるのはやめよう。 そうだ。 目の前にいるレンのことだけを考えていればいい。 「レン、食事をしたら書庫へ連れて行こう」 「はいっ!」 嬉しそうな声をあげてレンはまた自分の姿を見に鏡へと向かった。 よほど気に入ってくれたようだ。 あの服を着ていると、この世界の者にしか見えないな。 本当にどうして私たちは異なる世界に生まれてしまったのだろう……。 それだけが不思議でならない。 レンが姿見に気を取られている間に私もさっと着替えを済ませた。 愚息が少し主張していたが、長い上着が隠してくれるだろう。 「レン、行こうか」 声をかけ寝室から出るとすぐにベルを鳴らし、クリフを呼んだ。 「おはようございます。ルーファスさま。レンさま」 挨拶をし頭を上げた瞬間、レンの姿を見たクリフは驚きの表情を見せた。 「ルーファスさま。その、レンさまの御衣装は……」 「ああ、よく似合っているだろう? これはレンのだからな」 「――っ、承知いたしました。レンさま、よくお似合いでございますよ」 「クリフさん、ありがとうございます」 にっこりと微笑むレンにクリフはとても嬉しそうに微笑み返していた。 クリフのことだ。 私があの服をレンに着せた意味を十二分に理解してくれているだろうからな。 それからすぐに朝食を終え、レンはソワソワと落ち着きがない。 きっと書庫に行くのが待ちきれないのだろう。 大丈夫だ。 レンは帰りたがっているわけではない。 ただ、帰る方法があるのかどうかを知りたいだけだ。 そう自分に言い聞かせるように、私はレンに書庫に案内しようと声をかけた。 自室から王家の書庫は少し離れた場所にある。 「いいか、レン。決して私から離れるでないぞ」 「はい。わかりました。こんな大きなお城で一人になっちゃったら、すぐに迷子になっちゃいそうですからね」 ふふっ。 迷子の心配か。 レンらしいな。 部屋を出ると、レナルドが立っていた。 おそらくクリフから書庫に行くと聞いてきたのだろう。 「陛下。私もお供いたします」 「ああ、そうだな。頼む」 「はっ」 書庫に行くだけであるし、本来ならば連れて行くことはないがレナルドは今回の事情を全て知っている。 あの膨大な量の書庫を探すのに人手は多い方がいい。 私とレナルドでレンを挟むように歩きながら、書庫へと向かった。 書庫に入り、鍵をかけるとレナルドは 「レンくん、その格好良く似合ってるね」 とレンに声をかけた。 「ありがとうございます。ルーファスさんが貸してくださったんです」 「へえ、そうか……ルーファスがその服をな……。うん、よく似合ってるよ」 「あの……レナルドさん」 「どうした?」 「なんだかさっきと話し方が違う気がするんですけど、どっちのレナルドさんが本当なんですか?」 「ふふっ。ああ、そこ気になった? 私とルーファスはほとんど同じ年で従兄弟だから、二人で過ごすときやこうして他の人の目がない時は気楽に話しているんだ。公式の場では、一応国王さまと騎士団長だからね。身分を弁えて話さないといけないんだよ」 「なるほど、そうなんですね。でも……」 「んっ?」 「気楽に話している時の方がルーファスさんも楽しそうですね。やっぱりああやって敬語で話されると、少し壁を感じちゃいますもんね。僕、初めてお二人に会った時、すごく仲よさそうでなんでも言い合える人がいるっていいなって羨ましく思っちゃいました」 「レン……」 「レンくん……」 やはりレンは一人で心細いのだろう。 まぁそうだろうな。 突然誰も知り合いもいない世界にやってきて、話ができるのが我々だけ。 私以外にもレンの心を癒せる友達のような存在が必要かもしれないな。

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