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甘い時間
<sideルーファス>
「今までは靴を履いたままだったんですか?」
「そうだな。裸足がこんなに気持ちいいものだったとは……素晴らしい発見だ。レンのおかげだよ」
そういうと、レンは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に私だけでなく、レナルドやクリフ、そして他の者まで癒される。
その可愛らしい笑顔を私だけで見たいという独占欲もあるが、私の伴侶はこんなにも素晴らしい者なのだと見せびらかしたい気持ちにもなる。
そういえば、父上が言っていたな。
――クレアを部屋に閉じ込めて自分だけのものにしてしまいたい衝動に駆られる時がある。
だが、それと同じだけ、この美しいクレアが私だけのものなのだと優越感に浸りたくなる。
生涯の伴侶とは自分の心をも乱れさせてしまうほどの存在なのだ。
今思えば、あの時は父上の仰っている意味の本質を理解していなかったのだろう。
だが、今ならわかる。
レンを閉じ込めて自分だけでずっと愛でて私だけのものにしておきたい。
レンが私だけに向ける微笑みを見せつけて私だけのレンだと見せつけたい。
こんな想いを今まで誰にも感じたことがなかった。
本当に生涯の伴侶とは途轍もない存在だ。
そんなレンと離れてなど暮らせるわけがないな。
父上と母上が一緒に亡くなったように、私もレンがこの地を旅立った瞬間命が潰えるのだろうな。
それでいい。
レンのいない人生など、もう私にはないのも同然なのだから。
ならば、レンといられるこの瞬間を楽しむことにしよう。
そうだ。
それでいいんだ。
「ルーファスさん、何から食べますか?」
「レンは何がいい?」
「僕はこのサンドイッチが食べたいです」
「じゃあ、これにしよう」
レンが食べたいと指差したハムとレタスの入ったサンドイッチをレンの口に運ぶと、レンはなんの躊躇いもなく口を開けパクリとそれを頬ばった。
小さな口はサンドイッチの隅っこを齧っただけだったが、それでもレンは美味しそうに頬を紅潮させた。
「このサンドイッチ、とっても美味しいですね。ルーファスさんも食べてみてください」
レンが新しいサンドイッチを手に取ろうとしたので、
「レン、私はこれが食べたい」
そう言ってレンの食べかけのサンドイッチを口に入れようとすると、
「ああ、ダメですよ。ルーファスさん」
と止められてしまった。
ああ、レンの食べかけが食べたかったのだが、さすがにそこまでは許してくれはしないか……。
がっかりした気持ちでそのサンドイッチを皿に置こうとすると、レンが私の手からそっと食べかけのサンドイッチをとり、
「もう! 僕が食べさせるんでしょう? 自分で食べちゃダメです」
と少し拗ねた様子で私をみながら、
「あ〜ん」
と可愛らしい声で食べさせてくれようと私の口の前へと運んでくれた。
私はただただレンの可愛さに茫然と口を開けると口の中にサンドイッチが入ってきた。
「ルーファスさん、どうですか? 美味しいですよね」
「ああっ、レンが食べさせてくれたから今まで食べたサンドイッチの中で一番美味しかったよ」
「ふふっ。ルーファスさんったら」
レンが……レンが、自分の食べかけを嫌がることなく……それどころか、それを私に食べさせてくれた……。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか……。
私はその後も夢見心地でレンとの食事を楽しんだ。
<sideレナルド>
書庫で何を考えていたのか、どんどん顔色が悪くなっていくルーファスを見ていられず気分転換に食事をしに行こうと声をかけた。
きっとレンくんが元の世界に帰る方法を見つけてしまったら……と考えていたに違いない。
絶対に帰ってほしくないくせに、あいつはそんなことを決して言わないだろう。
自分の思いより人の気持ちを優先するやつだ。
それが国王として育てられてきたあいつの考えなのだろうが、それ以上に相手が生涯の伴侶だから余計なのだろう。
レンくんが悲しむことはしたくない。
たとえ、自分がそれで命を落としたとしてもそれを厭わないだろう。
できることならレンくんにはこの地に残って、ルーファスと共に幸せになってほしいが……私がいうことではない。
これは二人の問題だ。
だから、私はそばで見守るだけだ。
二人を書庫に残し、急いでクリフに中庭で食事をするからすぐに支度をするようにと指示を出した。
どうやらクリフはそれをすでに考えていたようで、食べやすい食事を料理長に用意させていたようだ。
やはり、前国王であるエルヴィスさまのおそばで支えていただけのことはある。
私は急いで書庫に戻り、ルーファスとレンくんと共に中庭へと向かった。
今日は風が心地良い。
日差しも強くなく、中庭で食べるにはもってこいの天気だろう。
見晴らしのいい場所にある東屋では数人の使用人たちが急いで食事の支度をしているのが見える。
クリフが準備が整ったとルーファスに話をしにいくと、ルーファスは何を思ったのか東屋ではなく敷物を敷いて食べようとレンくんに話を持ちかけた。
椅子とテーブルのある東屋で食べる方がはるかに食べやすいだろうし、レンくんがそんなことを喜ぶとは……と思ったが、私の予想に反して、レンくんは大喜びしていた。
ルーファスはきっとレンくんが喜ぶのがわかっていたのだろう。
私の知らないこの半日の間に二人の関係はどうやら変わってきているようだ。
クリフたちがあっという間に大きな木の下に食事ができるようにスペースを整え、ルーファスはレンくんを連れて敷物に乗ろうとしたのだが、レンくんは突然靴を脱ぎ始めた。
ルーファスはもちろん、私もクリフもレンくんの行動に驚きを隠せない。
だが、レンくんは靴のまま敷物に上がっては汚れて洗濯も大変だといい、しかも裸足の方が気持ちがいいと言い切った。
確かにあのふわふわな敷物に靴のまま上がれば土が染み込み、洗うのは一苦労だろう。
現に厩舎の近くにある洗濯部屋で女中たちが大変そうに洗っていたのを見かけたことがある。
あの時は特に気にも留めなかったが、レンくんのように裸足で上がっていればあの者の手間も随分と省けるはずだ。
裸足が気持ちがいいというのは付け足しの理由だろう。
きっとレンくんはこれを洗うことになる女中の気持ちを慮ったんだ。
なんと思慮深いことだろう。
レンくんこそ、王妃に相応しい。
だからわざわざ世界を超えてまでルーファスの伴侶に選ばれたのか……。
そう思わずにはいられない。
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