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私の責任
<sideクリフ>
レンさまがルーファスさまの伴侶になることを承諾してくださったことは、この上ない幸せであった。
ルーファスさまのお父上であられる、前国王エルヴィスさまもずっとルーファスさまに生涯の伴侶が現れることだけを願っておられたのだから。
ルーファスさまが成人なさって15年も経ってからようやく現れた生涯のご伴侶さまが異世界から来られたお方であったというだけでも驚きだったが、元の世界に帰りたがっていると伺った時は目の前が真っ暗になる思いだった。
もし、本当にレンさまがお帰りになったら、ルーファスさまは自身できっと命を絶たれる……いや、それどころか神の手によって命を落とすことになるだろうと思っていたからだ。
ルーファスさまの強い想いがレンさまの心を動かし、この世界に留まることを決意なさったとご報告をいただいた時は、飛び上がるほど嬉しかった。
この15年の間、ルーファスさまのご伴侶さまがいつ現れてもすぐに結婚式が執り行えるようにしていたから、レンさまのお気持ちが変わらぬうちに明日にでも結婚式を……と思っていたのだが、ルーファスさまから指示されたのは1ヶ月後。
あれほどレンさまとの結婚を待ち侘びていらっしゃったのになぜひと月もお待ちになるのか、私は不思議で仕方がなかった。
それでもルーファスさまのご指示には従わなければならない。
ひと月後の結婚式に向けて滞りなく進めていかなければならないと思いつつも、やはり理由が気になる。
ルーファスさま付きの世話役として知っておかねばならないと思い、私はまだ城内におられたイシュメルさまの元へ向かった。
イシュメルさまは最初こそ、レンさまの個人的なことだからとお話しくださらなかったが、なんとか食い下がると教えてくださった。
どうやら、ルーファスさまのお大事なものをレンさまが受け入れられるようになるまでにひと月ほどかかるとのことで、レンさまのお身体のことをお考えになってイシュメルさまがそうご指示なさったそうだ。
私に教えてくださったのは、ルーファスさまが我慢できずにレンさまに襲いかかったりしないようにという監視の意味も込めてだったようだ。
ルーファスさまがレンさまに襲いかかるとは到底思えないが、なるほど……考えてみれば、確かにそうだ。
レンさまはもう疾うに成人を迎えられたそうだが、この世界の10歳くらいの子どもたちとほぼ体格が変わらない。
それであの逞しい身体をお持ちになったルーファスさまの夜伽のお相手をなさるのだ。
少し解した程度ではルーファスさまのお大事なものを到底受け入れられそうにない。
イシュメルさまが仰るには、今まで異世界より来られたお方も十分に解して臨まれても、寝室が血の海になったというのだから、ルーファスさまがレンさまのためにひと月我慢なさるのは当然かもしれない。
さすが、ルーファスさま。
レンさまのお身体のために自分の欲望すらお捨てになるのだと私は安堵したのだ。
イシュメルさまからのお薬を部屋に届け、今からマッサージをなさるとのことで、イシュメルさまのお話を聞いたばかりで少し心配ではあったものの、ルーファスさまのレンさまを想うお気持ちを信頼しながら、私は結婚式のことについて一人考えていた。
その時だった。
私の胸のバッジがけたたましく震え出したのは。
この胸のバッジはルーファスさまの部屋に置かれているベルと連動していて、ベルを鳴らす大きさによって震え方が変わる。
優しく振れば優しく震え、激しく振れば激しく震える。
その震え方によってルーファスさまの用事がどれほどのものかを判断することができるのだが、今回のそれは前国王であられるエルヴィスさまの頃から今まで、ただの一度もないと言い切れるほど激しい震え方だった。
そう、それこそとんでもない緊急事態。
まさしく人の生死にかかるほどの緊急事態だ。
一体、ルーファスさまの部屋で何が?
そう思った時、頭に浮かんだのは先ほどのイシュメルさまとの話。
もしかして、レンさまのお身体に欲情なさって興奮を止めることができずに、ルーファスさまが無理やりレンさまを組み敷いたのではないか。
そして、レンさまのお身体が血塗れに……。
そうであればこの激しいバッジの震えは合点がいく。
ああっ!
私がバカだったのだ。
15年も待ち続けてきたご伴侶さまの裸を目にすれば、ルーファスさまの鋼のような理性も一瞬にして粉々に砕け散るのはわかっていたはずだ!
だからこそ、イシュメルさまは監視のためにと私にお話ししてくださったというのに……。
レンさまがお怪我をなさったのは全て私の責任だ。
すぐにでもレンさまの元に駆けつけ、ルーファスさまから引き離さなくては!!
私は急いでルーファスさまの部屋へと駆けつけ、寝室の扉を開けた。
「ルーファスさまっ! レンさまがどうなされたのですかっ???」
そう叫んで寝室に飛び込んだ私がみたのは、血塗れのお包みを手に持つルーファスさまと、布団をすっぽりと被り茫然とした表情でベッドに横たわっているレンさまの姿だった。
あのお包みは……お肌の弱いレンさまのために特別に用意したもの。
それがあんなにも血塗れになっているということは……間違いないっ!!
ルーファスさまが無理やりレンさまに挿入 ようとなさってお怪我をさせたのだ!
ああ、やはり私がついていなかったばかりにレンさまにとんでもない傷を負わせてしまった……。
悔やんでも悔やみきれない。
「クリフ……お前――」
「ルーファスさまっ!! 貴方さまはなんということをなさったのですかっ!! エルヴィスさまが生きていらしたらお怒りになりますよっ!! レンさまに無体なことをなさるなんてそんなこと!! もうレンさまをルーファスさまのおそばには居させられません!! すぐに客間に! いや、先にイシュメルさまをお呼びしてレンさまの診察を――」
「クリフっ!!! いい加減に落ち着けっ!!!!!」
あまりの出来事に混乱してあれこれと叫んでいると、ルーファスさまの怒鳴り声が響き渡った。
ハッと我に返り、ルーファスさまを見れば、ルーファスさまがあの血塗れのお包みを鼻に当てているのが見えた。
「えっ……ルー、ファスさま……それは一体、何をなさって、おいで……なのですか?」
「はぁーーーっ」
ルーファスさまは私の言葉に呆れたようにため息を吐き、
「あの、クリフさん……ルーファスさん、鼻血を出しちゃったんです。それで僕がタオルを……」
とレンさまが説明をしてくださった。
「えっ……はな、ぢ……でございますか? では、レンさまがお怪我をなさったのでは……?」
「僕はどこも怪我してないですよ、大丈夫です。あの、ルーファスさんが鼻血を出したから僕びっくりしてつい激しくベルを振ってしまって……驚かせてごめんなさい」
レンさまがそう仰ったことで、どうやら私の勘違いだとわかった。
「ルーファスさま、申し訳ございません! なんとお詫びを申し上げて良いか……」
慌ててルーファスさまに謝罪の言葉を述べながら深々と頭を下げると、
「お前……もう少し私を信用しろ!」
と呆れた声をかけられたものの、
「だが、お前がそれほどレンのことを心配してくれたことは嬉しく思う。レンもこれで何かあればお前が守ってくれるとあって心強く思ったことだろう」
と同時に優しい声をかけてくださった。
「ルーファスさま、ありがとうございます」
「ああ、誤解が解けてよかった。悪いが、今から着替えをするからしばらく外に出ていてくれ」
「承知いたしました」
「あ、それからイシュメルに話があるから部屋に来てくれと伝えてくれ。まだ城にいるだろう?」
「はい。すぐにお呼びいたします」
私は急いで部屋を出て、イシュメルさまの元へ向かった。
さて、お話とは一体何事だろう?
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