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安堵と不安とそして……
<sideレナルド>
「では、陛下のご伴侶さまは陛下との結婚を決断されたのですか?」
「ああ、そうなんだ。ルーファスのやつ、大喜びしていたよ」
「ですが、それだけ待ち望んでいらしたのに、結婚式がひと月後とはどういうことなのです?」
「それはな……いや、まぁいろいろあるんだよ。だが、めでたいことに変わりはない。そう思うだろう?」
「ええ、それはもちろんですわ。本当におめでたいこと。これでレナルドさまも少しは肩の荷が下りたのではございませんか?」
「そうだな……だが、一番ホッとしているのはクリフだろう。ルーファスが伴侶を見つけられるようにと奔走していたからな」
「そうですわね。本当に良かったですわ」
オリビアのホッとした表情はきっと息子のウォーレスへの心配もあったのだろう。
ルーファスと違って珍しい宝石 ではないから、ルーファスほど大変ではないだろうがあの子もまたルーファスと同じように生涯の伴侶を探さなければいけないのだからな。
久しぶりにホッとした夜を迎えていたその時、ルーファスの部屋からけたたましくベルが鳴らされたと報告があった。
そのあまりの激しさにクリフが部屋に飛んでいったようだと見張りの騎士から報告が来て、慌てて私が部屋に向かった時にはすでにイシュメルがルーファスの部屋に入っていた。
やはり何事かあったようだと思い、慌ててクリフを探せば、クリフは血塗れのお包みを握りしめていた。
もしやあれはレンくんの?
ああ、あれほど心配したことが現実となってしまったか……。
冗談まじりに我慢できるのかなんて言ったが、それでも私はルーファスを信頼していた。
だが、ルーファスの意思と身体は直結していなかったのかもしれない。
考えてみれば15年もの間、待ち続けてきた相手なのだ。
ルーファスはただの一人も、それこそ閨の実践もしていない。
それだけ待ち続けた相手がようやく自分のものになると言ってくれたのだから、そこからひと月も我慢できるわけがなかったのだ。
私でさえ、ルーファスに伴侶ができるまではとあれほど拒んでいた婚姻だったが、オリビアと正式に夫婦となると決まった瞬間、あっという間に寝室に連れ込んでいた。
そこから二晩の記憶がないから、きっとその間貪り続けていたのだろう。
愛しい者と夫婦(夫)になるというのはこういうことだ。
何もかもわからなくなってしまうほどに興奮してしまうものなのだ。
それをわかっていながら、私は……。
もっと真剣にルーファスに注意をしておけばよかった。
そうすればレンくんに怪我を負わせることはなかったかもしれないのに。
止められなかった私も同罪だ!
私もルーファスと共に詫び反省しよう。
「クリフ! とんでもないことが起こったのだろう? だがそれは全て私のせいなのだ。私がもっと真剣に陛下に話をしていればよかったのだ。だから、なんとかレンくんが陛下から離れないように力を貸してはくれないか?」
慌ててクリフに詫びを入れると、
「レナルドさま。一体どうなさったのです? 何か勘違いをなさっておられるのではございませんか?」
と心配そうな声が返ってきた。
「勘違い? いや、陛下の部屋から異常を知らせるベルが鳴ったと見張りの騎士から報告があったのだ! だから私はこうして駆けつけたのだぞ」
そういうと、クリフはその経緯 を話してくれた。
「――というわけで、イシュメルさまがお部屋に入られたのは、ルーファスさまがお話ししたいことがあると仰ったからです。レンさまの身に何かが起こったわけではございません」
「なんだ、そうなのか……。あまりにもものすごい反応だったと話していたから肝が冷えたぞ。レンくんが陛下との結婚を止めるのではと本当に心配したのだぞ」
「私の見る限り、それはなさそうに感じましたが……イシュメルさまとのお話がどうかは分かりかねます」
そう言われて一瞬、胸が騒ついたがとりあえず何か分かったら報告をしてくれと言って、私はオリビアの元へ戻った。
それからすぐのことだった。
ルーファスとレンくんの結婚が明日になると正式に決定したのは。
<sideルーファス>
レンの描いてくれた美しいパドマの花が私の左手を彩る。
赤いパドマの花は私そのもの。
しかもそれがレンの名の由来の花でもあるとは……。
なんと幸せなことだろう。
私の手に貼り付いたパドマに魅入っていると、突然部屋の扉が大きく叩かれた。
その音にレンがビクリと身体を震わせる。
「レン、大丈夫だ。怖がらなくていいよ」
そう声をかけ、安心させてから私は急いで部屋の扉を開けた。
「誰だ!」
その声に飛び込んできたのは、レナルド。
「なんだ、どうしたんだ?」
「なんだ、どうしたはこっちのセリフだ。結婚式が明日になったとはどういうことなんだ?」
「ああ、そのことか。お前のところにも連絡が行ったのか」
「当たり前だろう! 私はお前の従兄弟であり、騎士団長なのだぞ。お前の結婚式ならば私が率先して警護に入るのだからな。それで、どうしてなんだ? 早くてもひと月後という話じゃなかったのか?」
そう言われて、もう大丈夫になったのだと話そうとしたが、そうなるとレナルドはその理由を聞きたがるだろう。
あの話はレンと二人だけの秘密なのだ。
たとえレナルドであってもあの話をするわけにはいかない。
ならば、どうしようか……。
そう思った時、私の頭にイシュメルの姿が浮かんだ。
「イシュメルの処方してくれた薬の効き目が良くて、ひと月待つ必要がなくなっただけだ。それ以上の理由はない」
そういうとレナルドは私をじっと見つめたものの、それ以上突っ込んではこなかった。
きっと何かしらを感じ取ったのかもしれないが、追求しなかったのだろう。
本当に助かる。
「それよりもこれを見てくれないか?」
そう言って、手の貼り絵を見せた。
「んっ? これは……貼り絵。お前の花か……」
「ああ、そうだ。赤いパドマだ。どうだ?」
「これは、また……美しいな。こんなにもパドマを美しく描ける絵師がこのリスティア王国にいたとはな……誰だ?」
「ふふっ。目の前にいるぞ」
「えっ?」
「レンだよ。このパドマを描いてくれたのは……」
「――っ、レンくんが??」
目を丸くして驚くレナルドをさらに驚かせてあげようと、私はレンの右手を取りお揃いのパドマの絵を見せてやった。
「レンの世界では婚姻の証に揃いの指輪をつけるのだそうだ。だが、レンの指にはもうすでに私が嵌めた指輪があるだろう? だから、代わりに貼り絵をつけることにしたのだよ」
「そんな風習が……。それでお前の徽章をレンくんにも」
「ふふっ。それだけじゃないんだ。レンという名は、レンのいた世界ではパドマの花を指すのだそうだ」
「な――っ! それは、本当なのか?」
「すごいだろう? これぞまさしく運命だな。我々は生まれた時からこうなる運命だったのだよ」
そういうと、レナルドは納得したように頷いた。
「そうだな。運命だ。私は明日の結婚式、全力で見守るぞ」
「ああ、よろしく頼む」
「レナルドさん、よろしくお願いします」
にこやかな笑顔を浮かべるレンの手を握ると、美しいパドマの花がまるで一輪の花のように重なり合っていた。
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