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涙の理由(わけ)
<sideルーファス>
お互いに白の婚礼衣装に着替え、レンを腕に抱き神殿への扉を開けると、
「陛下、レンさま。お待ち申し上げておりました」
と深々と頭を下げながら神殿長自ら出迎えてくれた。
珍しい。
通常なら、あの広間で我々を出迎えるはずなのに。
よほどレンが特別だと見える。
神殿長の視線がレンだけに注がれているからな。
神殿長とは時折、神託を賜りに会うことはあるが、私が神殿に入るのは久しぶりだ。
父上の跡を継いで国王となる儀式を行ったとき以来か。
ここはいつも変わらず不思議な空気を保っている。
「陛下。結婚の儀を執り行う前に、レンさまとお話しさせていただいてもよろしゅうございますか?」
「ああ。神殿長である其方の話を遮るつもりはない。この神殿に足を踏み入れた時点で、ここの長は其方だ。私は大人しく待つとしよう」
私はそっとレンを腕から下ろした。
「ふふっ。陛下、良いお心がけでございますね」
にっこりと微笑む神殿長を前にレンは少し緊張しているようだ。
「レン、大丈夫だ。何も恐ろしいことはない。レンは神に選ばれた私の生涯の伴侶なのだからな」
「は、はい。でも、ルーファスさん……手を繋いでいてもらえますか?」
「ふふっ。もちろんだ。離れたりしないよ」
大きな手でレンの小さな手を包み込むと、緊張で少し震えていた手が落ち着きを取り戻し始めた。
大丈夫、私がついているからと念を送りながら、私はレンを見守り続けた。
「レンさま。陛下のご伴侶となることをご決断いただき、誠にありがとうございます。この決断はレンさまにとってはお辛いものであったのではないですか? ご両親もあちらにおられたのでしょう?」
神殿長は今までに聞いたこともないような柔らかな声でレンに話しかける。
レンは何もかも承知の上で私の伴侶となることを選んでくれたわけだが、神殿長になんと答えるだろうか……。
私の緊張が手を伝わってレンに気づかれなければ良いのだが……。
「確かに……僕にとっては大変な決断でした。これまで生きてきた世界での『月坂蓮』としての人生を全て捨て去って、新しいこの世界でルーファスさんと共に一から生きていこうと即決することは僕には難しかったです。その間、ルーファスさんには待たせてしまって申し訳ないと思っていましたが、ルーファスさんはそれを一度も咎めることもなくただじっと待ち続けてくれたのです。そして、僕が元の世界に帰ることを望んだら、自分が命を落とすことになったとしても僕の望むようにしてやりたい……そう言ってくれたことで、僕の気持ちは決まりました。もちろんあちらにいる両親に会いたくないといえば嘘になりますが……それでも、両親は僕が大好きな人と一緒にいることを望んでくれるでしょう。ルーファスさんの伴侶になることは、今までの人生の中で最も幸せな決断だったと自信をもって言えます」
「レン……」
レンの必死な思いが握った手から伝わってくる。
ああ、私はなんと幸せなのだろう……。
世界中の幸せを一身に集めたようだ。
これからどれほど不幸が訪れてもこの幸せで跳ね返せる気すらしてくる。
思わず手の握りが強くなって、レンがこちらを振り返った。
「ああ、悪い。あまりにも嬉しくて……」
「これくらい平気ですよ」
レンの優しい声に癒されていると、
「ふふっ。久しぶりにこんなにも清らかな方にお会いできました。レンさまのお言葉にはなんの偽りもない。本当に心から陛下を愛していらっしゃる」
と神殿長が嬉しそうに笑顔を見せる。
こんなにも楽しげに笑う神殿長を見たのは初めてだ……。
レンは皆を笑顔にさせる能力に長けているようだな。
「さぁ、素晴らしいご夫夫の輝ける未来を祈って、結婚の儀を執り行いましょう」
神殿長に連れられ、レンと共に神殿の奥へと進んでいくと、数人の気配を感じた。
んっ? 珍しいな。
通常なら、結婚の儀は我々新郎新夫と神殿長だけのはずなのだが……。
すると、急にレンの足が止まった。
「レン? どうした?」
そう声をかけたが、レンは答えることもなく、ただじっと美しい涙をポロポロと流していた。
「レンっ! どうしたんだ?」
驚いて、レンをさっと抱き上げるとレンは私の肩に顔を寄せ、何かを必死で訴えかけている。
「大丈夫、ゆっくりでいい。無理しなくていいから……」
小さな背中を優しく撫でると、ようやく落ち着きを取り戻したように見えた。
ゆっくりと顔をあげ、私を見つめたレンの口から意外な言葉が発せられた。
「あそこに……父さんと、母さんがいます……」
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