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特別な薬
<sideクリフ>
レンさまを想い、この世界で生きられることを決断されたレンさまのお父上とお母上。
お二人がこちらにきてくださったおかげで、レンさまのお心にあった元の世界への憂いも失くなった。
元に帰る方法がまだ見つかっていないとはいえ、レンさまがこちらに来られた時のように、いつかまたここから消えてしまうのではないかという不安は消えたわけではなかった。
それはルーファスさまも密かに思われていたことだろう。
だが、これでルーファスさまは、いつかレンさまを失うかもしれないという恐怖に怯えることは無くなったのだ。
お二人の婚礼の儀当日に本当に素晴らしいことが起こったのだな。
これは後でゆっくりとエルヴィスさまとクレアさまにご報告しなければ!
そんな感動に震えつつ私はルーファスさまのご指示通り、ミノルさまとヤヨイさまを<暁の間>へとお連れした。
レナルドさまが
「お部屋はどちらになさいますか?」
とルーファスさまにお尋ねになった時から、きっと<暁の間>をお選びになることはわかっていた。
この部屋はこの城の客間の中でも特に広く豪華で、そして何よりルーファスさまとレンさまのお部屋から一番遠い場所にある。
本来ならば、すぐ近くにご両親がいらっしゃった方がレンさまも安心なさると思うが、なんせ今日はこれからお二人は初夜の儀式に入られる。
いや、もうすでにお入りになったはずだ。
すぐにベルを鳴らされることはないだろうが、何が起こってもいいように全ての準備を整えておかなければ。
その前にミノルさまとヤヨイさまにはしっかりとお話をしておくべきだろうな。
「こんなに広い部屋を私たちが? もっと小さな部屋で大丈夫ですよ」
「いいえ、このリスティア王国の王妃になられたレンさまの御両親でいらっしゃるのですからこれくらいのお部屋は必要でございます。それに陛下直々のお達しでございます。こちらのお部屋をお使いいただけると幸いでございます。ご入用のものがございましたらなんなりとお申し付けください」
「はい。ありがとうございます」
「何か御質問などございますか?」
「あ、あの……蓮とはいつ頃会えますか?」
「――っ!」
やはり、一番気になさるのはレンさまのことでございますね。
ですが……おそらくレンさまにお会いできるのは、三日後……いや、五日後でしょうか……。
もしかしたら一週間後ということも十分に有り得る。
初夜の儀式が無事に済んだとしても、ルーファスさまがすぐにレンさまを外にはお出しにならないだろう。
「結婚式の後は色々な儀式や行事が立て込んでおりまして、ゆっくりお話しいただけるのはおそらく来週になるかと存じます」
「えっ……そんなに?」
「申し訳ございません」
「そ、そんな。頭を上げてください。弥生、こちらにはこちらの常識があるのだ。受け入れるしかないだろう? それを覚悟の上でここまできたんだろう?」
「それはわかっているけど……蓮と久しぶりに会えたばかりですぐ離れちゃったから寂しくて……」
「大丈夫、寂しいなんて思う暇はないぞ。この国に骨を埋める覚悟で来たのだから我々もこの国について勉強しなければな。クリフさま。どうかこの国のことを我々に教えてください」
「ミノルさま……。このリスティア王国をそこまで思っていただき有り難く存じます。それではルーファスさまにその旨お伝えいたします。お食事は毎日朝は七時、お昼は十二時、夕食は十九時にこちらのお部屋にお持ちいたします。こちらのお部屋はお好きにお使いくださいませ。何かございましたら、こちらのベルを鳴らしていただくと、この部屋の専属の係のものが参ります。一度鳴らしていただけますか?」
そういうと、ミノルさまは緊張した様子でベルをお持ちになった。
そして、小さくベルを鳴らすとすぐに部屋の扉が叩かれ、とても驚いている様子だった。
この部屋の専属となった、執事見習いであるジェフリーはレンさまと歳も近い。
きっとミノルさまとヤヨイさまにとっても気を遣わず良いだろう。
ジェフリーに後は任せ、私は急いでイシュメルさまが待機なさっている部屋へと急いだ。
「クリフ殿、何やら驚くことがあったようですね」
「もうご存知でいらっしゃるのですか?」
「いや、神に教えていただいたのですよ。レンさまのご両親がこの世界を選ばれたと……」
「はい。その通りでございます。今御二方は<暁の間>にいらっしゃいます」
「そうか。ならば、一度診察した方が良いでしょうね。きっと御二方もレンさまと同じく身体は小さくていらっしゃるのでしょう?」
確かにそうだ。
レンさまのご両親だけあって、ミノルさまもヤヨイさまも童顔で身長も低くていらっしゃる。
本当にあちらの世界ではそんな方がたくさんいらっしゃるのだろうか。
「はい。イシュメルさまに御診察いただいたら御安心なさいますよ」
「陛下とレンさまの初夜の儀式が無事にお済みになったらすぐに致しましょう。さぁ、クリフ殿。これからの長い時間に耐えるためにこちらのお薬をどうぞお飲みください」
「イシュメルさまがお作りくださったのですか?」
「三日になるか、五日になるか……時間との戦いですからね。必需品でしょう?」
「ありがとうございます」
イシュメルさまが特別に作ってくださったお薬のおかげで、初めてバッジが震えるまでの三日間。
余裕で待ち続けることができた。
そして、ルーファスさまとレンさまが無事に初夜を終え、寝室からお二人揃って出てこられたのは寝室に入られて八日目の朝だった。
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