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「メフィスト様は他にもよからぬ事をお考えですね? とても楽しそうな顔をしています。苺のためだと言ってくださったのは大変有り難いことですが……。そんな事よりもそろそろお時間ですが、どうされますか?」
苺が時計を指差し、メフィストに問いかけてきた。メフィストが時計に目をやると、すでに二時間以上が経っていた。この話の流れで、サクッと一発抜いてもらうのも微妙な気もするし、そもそも苺に平手打ちされたせいで、股間の熱暴走もすっかりクールダウンしてしまい、時間的に厳しい。メフィストは頭を掻きながら、悩んだ。
「んーっ! 正直、苺ちゃんに一発抜いて貰いたいけど、時間が微妙だし、一発じゃ終わらないと思うから、今日は帰るよ。ありがとう」
「メフィスト様はご自分の欲に正直ですね。心の声が漏れてますよ。ふふっ」
「いいの。心の声が漏れても。ずっと心の中に溜めても仕方ないだろ? あっ、服は乾いたかな?」
「今、見て参ります」
苺は立ち上がり、小走りで離れの玄関へ行き、雪駄を慌ただしく履いていると、結晶柄ガラスの玄関引き戸がゆっくりと開いた。
「お客様がいらっしゃる前で、そんなに慌てて、どうしたのですか?」
「――月下お兄様! どうしてここに? あっ、メフィスト様のお洋服!」
メフィストは苺がさっき言っていた『月下お兄様』と苺が会話しているのを聞き、襖の隙間から覗いた。苺よりも背が高く、銀髪碧眼の美少年が立っていた。
月下は視線を感じたのか、メフィストの方に目をやった。そして、微笑むと、覗き見しているメフィストに一礼した。銀髪がサラサラと動き、光の加減で絹糸のように輝いた。メフィストは月下の美しさに釘付けだった。
「メフィスト様、中へ入りますよ。お洋服をお届けに参りました。私、名は月下香と申します。お初にお目にかかります」
月下は座敷に上がると、メフィストの前で正座をし、深々と頭を下げた。メフィストも釣られて、頭を下げた。月下はその様子に口に手を当て、小さく笑った。
「メフィスト様が頭を下げる必要はありませんよ。お洋服をお届けに来ただけですので……」
「苺ちゃんがさっき言ってた『月下お兄様』?」
「はい。月下お兄様はとても素敵なお方です」
「おやおや、人の居ないところで噂話ですか? どんな噂話か、私も聞いてみたいものですね。それよりも、メフィスト様、本日は苺が粗相をしてしまい、改めてお詫び申し上げます」
「いやいや、大丈夫だよ。苺ちゃんとは楽しい時間を過ごせたし、次は親友と一緒に来たいって思ってる。その時、俺は苺ちゃん推薦の月下さんを指名しようかなって」
「月下さんなんて敬称不要ですよ。それにしても、月下をですか? なんて奇特なお方なんでしょう。私は二十歳を超えておりますし、盛りの時期はもう過ぎております。人気があったのも何年も前の事ですし……」
「いや、それでもこんな色っぽくて素敵な月下を目の前にしたら、男は皆、魅了されますよ」
メフィストは月下たちと小話をしながら、帰りの支度を手伝ってもらった。月下はメフィストを立ち上がらせ、慣れた手つきで浴衣を脱がせ、服を着させてくれた。正直、自分で洋服を着るよりもビシッと綺麗に身なりが整っていた。そして、親友の為に購入した本を受け取った。
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