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「いえいえ! そんな褒美なんて! 苺はストラス様のお体をマッサージしただけですし、お金も頂戴していますし、褒美だなんて滅相もございません」 「……そうか。男娼というのは、客を満足させるだけの存在なのか? 嫌がる事をされても我慢しなければならないのか?」 「そ、それは……」 「現に、苺は客とまぐわえないのだろう? こういう場所ではまぐわいが普通だとメフィストから聞いていたが……」  ストラスがはっきりと言うと、苺は少し落ち込んだ表情をし、俯き、浴衣の裾を握り締めた。 「さ、先程もお伝えしましたが、過去に他のお客様から無理矢理された事があってから、そういうのが怖いんです……。女将に頼んで、そういう目的のお客様に当たらないようにして頂いているんです。駄目ですよね、こんなんじゃ。駄目なのは分かっているんですが……」 「すまん。私の中で偏見があったようだ。謝罪する。男娼を皆、そのような存在だと決めつける事は良くない事だ。苺も苺なりに男娼として、客に奉仕しようとしているのに、私とした事が」 「いえ! ストラス様が謝る事ないです! 苺の努力が足りないだけです。苺もストラス様のように日々学び、知識を深めていくように努力します。い、苺にストラス様のご奉仕を……最高のおもてなしをさせて頂きたいと思います。ですので、今後とも苺の事をよろしくお願い申し上げます」  苺は涙を堪えながら、ストラスを真っ直ぐな瞳で見つめた後、畳に額を擦り付ける位に深々と頭を下げた。ストラスは少し驚き、苺に近寄り、苺の肩に手を置いた。その肩は少し震えていた。 「頭を上げてくれ。私はこういう雰囲気が苦手だ。罪悪感に苛まれるから、止めてくれ。私の物言いが悪いのは自分でも分かっている。私も苺のように努力して、この……再起不能なお飾りをどうにかせねば。いっそのこと、ここで切り落としてしまおうか」 「――っ! それはいけません!」  ストラスが神妙な面持ちで物騒な事を言ったため、苺は咄嗟に顔を上げ、ストラスの腕にしがみつき、首を大きく横に振った。ストラスは苺の必死な様子に堪え切れず吹き出して笑った。 「あははっ、冗談だ。さすがの私でも切り落とすのはごめんだ」 「ちょ! ちょっとストラス様! ご冗談が過ぎますよ!」 「あははっ……。やはり、メフィストに苺を紹介してもらって良かったかもな。何年ぶりに笑っただろうか。私を楽しませてくれてるんだ。苺はもっと自分に自信を持った方がいいぞ」 「そ、それはお互い様ではありませんか?」 「あーっ、確かにそうだな。痛いところを突いてくるな」  二人は顔を見合わせ、笑った。ストラスはメフィスト以外の者と笑って話せる相手が見つかったような気がして、自然と表情が和らいでいく。そして、時間が許す限り、互いの話をして過ごした。 「そろそろお時間ですね。楽しい時間はあっという間ですね」 「そうだな。今日は苺と話せて良かったよ」  ストラスは服を着替えた。そして、苺の後ろをついて行く形で離れを後にし、玄関に続く廊下を二人で歩いた。渡り廊下から望める池泉庭園についての話を二人がしていると、後ろからメフィストと月下の声が聞こえたため、後ろを振り返った。  メフィストは酷く疲れている様子で、月下に支えられながら、歩いていた。ストラスは一応心配になり、声をかけた。 「メ、メフィストよ、まるでマンドレイクを絞めたような顔をしているだぞ」 「おや、ストラス様に、苺ではありませんか。メフィスト様は少しお疲れのようなので、少々お手伝いを。ね? メフィスト様?」  月下は微笑みながら、メフィストの顔を覗き込んだ。 「……あぁ、少し、ゴホッゴホッ…、疲れただけだ」  メフィストは虚ろな目をして、声は完全に枯れており、何度も咳払いをし、言葉を詰まらせていた。 「本当に大丈夫なのか? 月下、お前だとコイツを支えるのは大変だろう。私が代わる」  ストラスはそう言うと、月下に代わり、メフィストに肩を貸した。メフィストの体は熱を帯びたように熱く、微かに花の甘い香りがした。

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