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苺は顔が熱くなるのを感じ、邪念を振り払うかのように首を横に振った。そして、目についた本を手に取り、適当なページを開き、読んだ。
「――そう言えば、新しい料理の本を探していたんだ。どこの棚にあるんだろう?」
苺は店内を彷徨いた。しかし、お目当ての本は無さそうだった。苺は諦めて、童話の本がある棚へ向かい、面白そうなものが無いか探した。その時、カウンターでストラスが店主と楽しそうに話している声が聞こえた。
「店主。ここは希少な書物が多いな。私でも手に入れることが出来なかったものは勿論のこと、保存状態も良い。一体、何処から仕入れているんだ?」
「見たところ、あんた四天王だろ? まさか四天王から褒められるとはね。大体は遺跡から拾ってくるんだよ。まぁ、こんな珍妙な店で本を買う奴なんていないけどね」
「ほう。……しかし、その体で女一人で遺跡探索は危険ではないか?」
ストラスが心配そうな顔をして、店主を気遣ったが、店主は椅子から立ち上がると、腰に手を当て、掠れた声で高笑いした。
「がはははっ! 四天王に心配されるとはね。こんなよぼよぼババアが探索しちゃいけないって言うのかい? 本当に面白い事を言うねぇ」
「いや、私は別に愚弄した訳ではない。誤解するな」
「老若男女問わず、人間ってのは冒険がしたくなるんだよ。常に刺激を求め、新たな発見をし、快感を覚え、更に高みを目指す。そんな貪欲な生き物なんだよ」
「人間とはそのような生物なのか。私は魔王様の宰相だったため、人間とはあまり関わった事が無いんだ。しかし、貪欲なのは人間だけではないぞ」
「おやおや、魔族も大変だったみたいだね。四天王の私利私欲にまみれた醜い争いだっけ? こんなババアでも知ってるよ。それをネタに、面白く可笑しく書いて、本を出す馬鹿げた野郎もいるからねぇ」
「ほう。どの程度の力作か読んでみたいものだな」
「読んでみたいかい? ――はぁ、どっこらしょっと。確か、適当に置いたんだ。えーっと、どこだったかね?」
店主はぶら下げていた眼鏡をかけ、気怠そうにカウンターから出てきた。そして、店内の本棚を見上げてはブツブツと独り言を言っていた。
店内をぐるりと一周すると、店の奥ばった場所にある本棚へ向かった。そこには、立ち読みをしている苺の姿があり、店主は今更、苺の存在を認識した。
「……なんだい。苺も来てたのか」
「アリーシャさん、こんにちは。あの、新しい料理の本は見つかりましたか? そろそろ新しい料理を――」
「また料理の本かい? アンタも飽きないね。それよりも、そこをちょいと退いとくれ。今は四天王の本を探してるんだ」
店主は苺を手で払いのけ、苺と本棚の間に割り込んだ。そして、店主はまたブツブツと言いながら、本を探した。
「あーっ、本当にどこへ行ったんだい?」
「店主。私のために探してくれて、感謝する。しかし、無いのなら、別に構わない。単なる好奇心だ。読んだところで、有益な情報が得られるとは思えん」
店主がため息混じりで探していると、カウンター前にいたストラスがねぎらいの言葉をかけた。
苺は自分が手にしていた本を見直した。もしかしたら、店主が探している本は自分が今持っている本なのでは無いかと思い始め、恐る恐る口を開いた。
「……あ、あの、アリーシャさんがお探しになられている本は、もしかして……この本ですか?」
「あん? どれだい? 私に見せてみな」
苺が本を差し出すと、店主は本を奪い取るように取り、本を真剣な表情で見始めた。そして、その本が探しているものだと分かり、満面の笑みでストラスの元へ戻った。
「あぁっ、これだよ、これ! 『血に染められし玉座』」
「ほう。だが、玉座は常に清潔に保っていたがな……」
ストラスは店主から本を受け取ると、ペラペラとページをめくった。そして、顎に手を当て、考え込むように断片的に読んだ。
苺は別の本を見ながら、ストラスの真剣な表情をこっそり見た。端正な顔立ちに、キリッとした目に、本を片手に佇む姿そのものが洗練されており、苺はそんなストラスに見惚れた。
そんな見惚れる苺をよそに、店主はカウンター越しから苺に声をかけた。
「……そうだ、苺。アンタはここへ何しに来たんだい? また強欲な女将の頼まれ事かい?」
「――違います。そちらにいらっしゃるストラス様のお供です」
「へぇ、アンタがお供なんてしてんのかい? 珍しい事もあんだね。だったら、女将もさぞかし喜んでんだろうね」
「はい、お陰様で……」
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