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7-1(苺視点↓)
苺は月がてっぺんに昇った頃合いを見て、茶屋が静まり返っているのを聞き耳立てて確認した。そして、引き出しから例のものを取り出すと、何度か深呼吸をし、潤滑油を丹念に塗り、四つん這いになり、自身の秘部にあてがった。
「ふぅ……。だ、大丈夫。怖くない、怖くない」
苺は自分に言い聞かせながら、口で大きくゆっくりと呼吸をし、体全体の緊張を解くように努力した。
秘部が玩具の凹凸をグポッと頬張るような感覚がある度、苺は甘く濡れた声が出そうで、下唇を噛みながら、必死に我慢した。しかし、秘部を中心に体全体へ広がるゾクゾクする感覚が口元を緩ませ、だらしなく涎が口角から垂れていく。
「んぁはぁ……。ス、ストラス様ぁ……」
気付けば、苺はストラスの事ばかり考え、玩具を出したり入れたりして、甘い吐息とともに、ストラスの名を口にしていた。
「き、気持ち良い……けど、何か違う。中がムズムズして、なんだか切ない。この感覚は一体……」
夜な夜な自主練習に励む日々が続き、日が経つにつれて、苺の中でもどかしさが増していった。
ストラスが最後に来店してから、気付けば二週間が過ぎようとしていた。定期的に来店するメフィストに尋ねるも、首を横に振るだけで音沙汰なしだった。
時折、飛び込み客の相手をしても、苺は上の空で、逆に客から心配される事もしばしばあった。幸いな事に、苺の巧みな舌遣いで果ててしまう客ばかりで、苺は内心安心していた。
「苺、お客様にきちんとおもてなししてるの? ストラス様がいらっしゃらなくなってから、弛んでるんじゃないの?」
「えっ? そんな事ありません。苺はきちんと――」
「いいえ、顔に書いてあるわ。確かにお客様は満足してるご様子だけど、単発のお客様ばかり。こんなんじゃ売り上げが上がりやしない。アンタは男娼なんだから、それ位分かるでしょ?」
「……は、はい。以後、気をつけます」
「はぁ……、いいわ。それより、菓子と茶葉の在庫は? アンタが他の子達より出来る唯一のおもてなしはそれでしょ? お客様だってそれ目当てでいらっしゃる方もいるのだから。お願いよ!」
女将は冷ややかな視線を苺へ向け、苺に聞こえるように、大きくため息をつき、帳簿をつけ始めた。
苺は女将に頭を下げた。大見世の部屋にいる他の男娼達がこちらを見て、クスクスと笑っていた。苺は着物をギュッと強く握り締め、我慢した。そして、顔を隠すように、台所へ向かった。
「……あんな言い方しなくても良いのに。――さっ、気持ち切り替えて、菓子と茶葉の在庫確認しなきゃ!」
苺は自分の頬を叩き、棚に掛けられた帳簿を見ながら、在庫の有無を確認した。
「茶葉は……大丈夫そう。菓子はそろそろ作らなきゃ。でも、季節ものをお出しする時期か……」
苺は帳簿とにらめっこしながら、ブツブツと独り言を言い、一人で作業を進めた。
他の男娼がやると、在庫切れは日常茶飯事で、菓子はまともに作れず、茶すら美味しく淹れる事が出来ないのだ。この仕事は昔からずっと苺がやってきた。むしろ苺にしか任せられないものだった。
「……あれ? お砂糖はあるけど、甘果が凄い減ってる。あれが無いと、甘みの微調整が出来ないのに、どうして?」
苺は一通りの在庫を確認すると、女将のもとへ向かった。
「……あの、甘果がもう少なくて、先週って行商人の方はいらっしゃいましたか?」
「行商? あぁ、最近は下の規制が厳しいみたいで来れないみたいよ。――ったく、同じ人間っていうのに上に住んでるってだけで差別だよ。自分達は図々しくこっちに来て、遊ぶだけ遊んで、……本当に困った連中よ。もっと金を落としやがれって思うわ」
女将は渋い顔をし、客がいない事を良いことに不平不満をつらつらと訴えた。苺は愛想笑いをし、女将の愚痴を聞いた。
「じゃぁ、苺が下へ行って、甘果を買うか、取ってくるかしましょうか? 大体、菓子を作るのは苺だけですし、他の子達は忙しいでしょうし」
「アンタがお遣いへ行ってくれんなら、助かるわ。余計な出費も抑えられるし。アンタが作る菓子が無いと、客の機嫌もとれないからね」
女将は片手程の巾着袋に金貨を入れると、通行証と一緒に苺へ渡した。苺はそれらを受け取ると、自分の部屋へ戻り、下界へ行く支度をした。
天空都市の住人だとバレないように、下界の庶民と同じような服に着替えた。そして、使い古した小汚いショルダーバッグに必要なものを入れると、苺は急いで階段を駆け下りた。その時、月下と偶然にも出くわした。
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