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第8話

 食後、俺は軽く酔っぱらって部屋のベッドで少し休んだ。  ワインをグラスに半分で、こんなに酔う。子供みたいで少し恥ずかしい。明日のパブではビールを残すことになりそうだ。  五年会っていない幼馴染たちの顔を思い出す。あの頃のことを懐かしく思い出して、俺は彼らの苗字をぼんやりとも思い出せないことに気がついた。  なぜだろうか記憶を手繰り寄せる。確か、教室にいる間は名前だけで呼ぶことに先生が決め、だから俺達はお互いの苗字を名乗っていない。でも多分、村内ではそれで通じる。  ベッドの上に横たわり、しばらくうとうとしてから起き上がった。喉が渇いていたから階段を降りて台所に行くと、まだ居間に光がある。 「エースさん?」 「……ああ。どうした?」 「喉が渇いて」  台所に行って水を飲んでいると、エースが来て戸口のところで話しかけてきた。 「いい事を教えようか、パブではビールを残しても誰も怒らない」 「そうなんだ?」 「試しに行くだけ。できれば友達と話せるといいけれど……まあ、騎士団に聞く手もあるし。急がない」 「パブで失敗したら村中の笑いものになる」 「まだ飲めるかな、という所でやめておく。それが重要だ」 「エースはどうだった?」 「さあ、どうだったかな。多分騎士仲間と飲みに行って、潰れた奴を笑ってた。集団になると気持ちが大きくなるのは、獣種も人種も変わらない」  こうして話していると、普通の年上の騎士のお兄さんだ。  彼が番。あまり実感がなかったけれど、触れる時に気をつけないとどうにかなりそうで、それが少し危機感がある。  俺は感じてしまうけれど、エースはどうなんだろう。 「……エースさんは、俺をどう思ってるの?」 「つがいだよ」 「そうじゃなくて」 「どうしたの?」  エースの前に行って、恐る恐る聞いてみる 「俺がきらい?」 「どうして」 「だって俺は、エースさんを十年以上待たせている。しかもつがい契約した日のことを覚えてないんだ。そんなの酷いだろ」 「いいんだ。十二年前に別れることが決まってから、そうなるだろうと思っていたから」 「俺を怒らないの?」 「再会できたのに、何を」 「だって俺は全部忘れて……しかもエースさんのことを死んだと思ってた」  最悪なことを並べ立ててみる。俺を見下ろすエースの目は、興味深そうに俺をじっと見て、それからじわっと微笑んだ。 「いいんだ。会えた」 「待ってたんだろ?」 「居場所は分かっていた。何度もメドウスリーに来ようと思ったよ、でも見たら会いたくなるし、会ったらきっと驚かせる。驚かせて、怖がらせるかもしれない。だから卒業式まで待っていた。お前を手放す気は最初からない」  幸せそうに笑いながら、エースが俺に告げる。 「オレは兄貴で、お前のつがいだ」 「……義父さんから俺の話し聞いてたの」 「ああ、子供の頃はアディシアの養父から、大人になってからはローラシウスさんから直に。獣種一級顧問官が保護してくれていると思っていたから」 「義父さんのこと信じてた?」 「ああ」 「ねえ、なんでつがいになったんだろう、俺たちは」 「オレ達は、お互いしか居なかった」 「……二人きり?」 「いや、環境的に言えば沢山いた。沢山いる子供達の中でオレはお前の匂いがはっきりわかったし、お前はオレの尻尾が大好きでよく握ってた」  獣種の尻尾は、プライベートゾーンだ。滅多なことで触ったらいけないのは常識だ。 「尻尾を?俺、そんなことしてたの?」 「そうだよ」 「ごめん……」 「オレの尻尾握ったら泣き止むからしょうがなかった」 「はぁ」 「お前は賢い子だったよ」  俺を見つめながら、エースは昔話をし始めた。 「お前がハーフブラッドだから引き取り手がないことは、孤児院の大人たちの話ですぐ分かった。だからそう教えたら、お前は一人でこの先どうやって生きていけばいいのか考えていた。お前につがいにならないかと誘ったのは、お前の匂いが好きだからだ。お前はオレのものになると言った」 「エースさんのもの……俺が?」  エースは頷いて俺を見てる。自分のものだから、ずっと忘れずに十二年間も俺を待っていた?彼の目は真剣で優しくて利己的に見えた。  俺の義父も、アディシアの養父も、それを知ってずっと見守っていた。 「俺がエースさんのもの」 「そうだよ。で、オレはお前のもの」 「エースさんが、俺のもの?」  戸惑いがある。もろに顔に出ていた。それを面白いものを見る目でエースは見ていて、ただ一つ、決して俺に乱暴なことをしないのだけは分かる。  俺の頬から耳、耳の後ろの髪を撫でつけるように手の平に撫でられた。 「見てるだけでもいいと思っていたのに、見ていると触れたくなる。触れたらきっと、もっと欲しくなる」 「我慢してる?」 「してる。それより、レイドを傷つけるのがオレであってはならない」 「俺に何したいの?」  また、頬から横の髪までを撫でられた。エースは切なそうな表情をしていた。 「まず。まずはキスを、唇に」 「エースさ……」  俺は肩をそっと抱かれて、目の前にエースの睫毛が、案外長くて目に突きそうだと目を閉じた。優しい柔らかい感触で、唇と触れ合った。彼は舌でぺろりと俺の唇を舐めた。二度、三度。それで唇が痺れたようで、何か言おうとして開いた俺の口に舌が入った。  知らない味わいのものを、口の中一杯になってぐるりと舐めて、舌に舌が絡まる。軽く舌を吸い上げられて声が出た。  唇が離れる時、エースは舌で俺の上顎をなぞり、それが気持ち良くて痺れてしまう。  こんなに気持ちのいいキスは初めてだった、思考がそこで停止する。もっと欲しくなり、それが恐い。 「……キスしないと、呪文掛けてくれないんだろ」  だから慣れようと思って、エースとキスをした。予想以上に俺はエースのことを許せるのを確認し、このままだと流されるように性交してしまうんじゃないかと、それが恐いほどだった。  俺を目の前に見下ろし、彼はきょとんとした表情をしていた。 「いや、そんなことはないよ」 「どうして?だって、キスで呪文を掛けるって言った」 「仲良くなれたらそうするよ。でも、仲良くなれていない時とか、二人の間に問題がある時はキスはしない。オレだって空気読むよ」 「え……そう?」 「今日はキスしてくれて嬉しい」 「少し試したくて」 「どうだった?」 「わかんない?」 「教えて」 「よかった」  キスの経験は何度もある。あんなに感じたのは初めてだったから、正直に言った。エースは嬉しそうな表情を見せ、けれどその先を誘おうとはしない。  俺から誘うまで待っているつもりなのか?わからない。俺が獣種のハーフブラッドで彼のつがいであることに心底驚いていたから、それが落ち着くまで待っているのか。  俺は背の高い大きな騎士が少し苦手だったけれど、その態度を続けてくれるのが有難かった。  エースがじっとしているので、俺から少し彼の胸に触れてみる。胸板は、思っていたよりも弾力がある感触だった。  胸に触れる手を、エースは手の甲から掴んで、そのまま心臓の上に持ってきた。 「フィッツさんの使うトラバサミ、この辺りは熊でも出るの?」 「出ないよ。そういう罠を使うのはフィッツさんしかいないし、だから山に入る時は大人が一緒じゃないとだめだって言われてる。怪我人が出た話は聞かないけど」 「じゃあ、あの罠は完全に趣味か」 「子供が見てる前でトラバサミに油を引くのが好きなんだ」 「それ、オレが見てる所でもやってたな……」 「フィッツさんって、そういう人なんだ」 「なるほどね。よく分かったよ」  エースが俺の肩に手を置いて、その感覚は普通の家族にするのと同じようなやり方だった。 「そろそろ寝よう」 「まだ早くない?」 「オレは寝る。早起きして、訓練の準備をしないと」

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