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第15話

 昼食後、ハーモンドさんがヒーロを連れて散歩に出かけた。ヒーロを連れて家に戻り妻に会わせるのが目的だと言う。つまり、獣種が俺たちだけじゃないと教えたいのだ。獣種のコミュニティに参加させるのも、急な獣化にいい効果があるのだそうだ。  俺がこうだと分かってから何となくだけど、ハーモンドさんも獣種なんだということが分かってしまい、自分の知っていたはずの世界がもろい鱗のように一枚ずつ剥がれていくようだった。  俺はソファーに座ってどこか萎れているのは、尻尾や耳を見ればすぐわかる。エースが傍に来て俺の肩を抱いた。 「レイド」 「……ハーモンドさん、獣種なんだな」 「そうだよ。羊種だって聞いている」 「なんでエースさんがハーモンドさんのことを?」 「ローラシウスさんから聞いて安心できる材料の一つだと思ってた」 「ああ」 「つがいを預けているんだ、メドウスリーに来たかったよ」  軽く抱き締められて当たり前のように頬にキスされた。たったそれだけで気持ちがふわふわと上がり気味になるのがわかる。ただ触れられているだけで。  尻尾が勝手に上向いて、ふりふりと機嫌が直ったことを教えてしまう。それが少し慣れない。 「大丈夫、お前は狼種でやって行ける」 「……エースさん、俺はこの先ずっと人種のふりをする。獣種顧問官をするから、表向きは人種なんだよ?」 「そうだな。それが?」 「皆に公表できない」 「そう思ってるのはレイドだけということはない?」  どういうことか、オレはエースの顔をじっと見返した。 「なぜ、獣種は顧問官をできないと思っているんだ?」 「それは義父さんが、獣種は顧問官になれないって言うから」 「本当に?」 「どういうこと」 「オレは獣種の顧問官に二、三の心当たりがある」 「え、いるの?」 「そりゃいるに決まってるだろ」 「なんだ、いるんだ……俺一人かと思ってた」 「色んな人がいる。アディシアの家が世話になっている人と、騎士団付きの人達かな。試験を通ったら騎士団や警備隊の試験を受けられるんだ。知らなかった?」 「知らなかった。事務所を構えて仕事するだけじゃないのか」 「知らずに資格を取ったの?」 「うん」 「はは、そうか。獣種のいる職場に獣種顧問官は必ずいる。軍や警備隊もそうだし、たとえば港もそうだ。ローラシウスさんはこのメドウスリー村と周辺の村の顧問官もしているはずだよ」 「ちっとも知らなかった」 「仕事のことを家で話さないのも考え物だな」  それだけ言い、エースは俺にキスした。今度は唇に、ちゅっと音がした。俺の尻尾がぶんぶん振れて、今のキスが嬉しかったと言葉以外の力で伝えている。なのにエースは嬉しそうに軽薄な笑みを浮かべ、俺に聞いた。 「キスしていい?」 「い、いい」  エースは笑顔で俺の肩を抱き、唇が触れそうで触れない。と、触れた。俺の尻尾が嬉しくて揺れる。けれど、唇の表面を唇でなぞったり、唇で唇を食むだけだった。  視線で欲しいと願っても、エースの目は笑っているだけで応えてくれない。どうして? 「エースさん?……」  唇を触れ合わせたまま囁いてみる、笑っているだけだ。ちろりと舌で唇を舐めても、にこにこしている。  焦れた俺は自分から舌をエースの唇の中に入れた。やり方は確かこんな風だった、キスを受け入れるエースが俺を楽しんでいた。俺が経験から何となくこうだろうという舌遣いをしていると、舌に絡め取られて吸われ、気持ち良くて変な声をあげてしまった。  体を抱かれてキスされていると、心配事も何もかもキスで溶けだしてしまい、頭の中がそれ一色になっていく。  また舌を吸われて、びりびり感じる。舌が性感帯だなんて俺は知らなかった、女子とのキスはただ戯れにしていただけで、こんなに感じるものだとは。 「っあ……」 「気持ちよさそう」 「ん……気持ちいい」 「オレがわかる?」  エースにぐいと押し倒されたとき、ここは義父の家の居間だと頭の中に閃いた。俺はここでこんなことをする気はなかった、やめろと言うべきだった。ここは義父の家だ、やめろ。  なのに俺は目を閉じてしまった。エースが吐息で笑いながら唇を重ね、男相手なのに俺はもう彼にキスされるのが楽しみでいた。  どうすればいいのか何も分からず、俺がこんなに迷っているのにエースは構わずに俺の肩を抱いて、その手が大きくて温かく包み込まれるような信頼感を覚えてしまう。  兄だから?番だから? キ スが離れ、エースが微笑みながら見つめる。その唇が欲しい思いでいると、察しているエースは唇をかすかに触れては離して様子見をした。  たまらずにむしゃぶりつこうとすると離れるからじれったくなる。何度か試されてからやっとキスが、俺の頭の中がエースだけで一杯になっていく。意地悪で優しい、気持ちよくて頭の中が快楽の色で塗り潰されて行く。  居間のソファーで俺はすっかり立ってしまい、たまに自涜する時と同じ感覚だった。完全に立っていて、ここからどうなるのか男相手だから何も分からなかった。  エースは俺をじっと見ながら、服の上から体を愛撫する。もどかしくて気持ち良くて、そこにキスされ、とろけていきそうになる。 「あの。エース、さん。俺……」 「気持ちいい?」  頷いたら、エースも満足そうな表情をしてまた俺にキスをした。そうされるのが自然なことだと、俺の中でなにか分かったような気がする。  指先が俺の襟元からクラバットを引き抜いてボタンを外し、俺の喉から鎖骨にキスされた。エースは素早かった、キスされた箇所がくすぐったくて気持ちいい。 「あ、あ、エースさん、エース……」  いつのまにかトラウザーズからシャツを引き出されて脇腹を直に手の平で愛撫され、腰が勝手に反ってしまう。体を愛撫されながら、また唇にキスされた。腰を愛撫する手に俺は何かをうっすらと期待していた、立っているあそこに優しくしてくれるんじゃないかと思ったからだ。  でもエースはそこには触れずに、腰や脇腹の性感帯に触れてなぞり、俺が悶えるのを楽し気に目を微笑ませて見つめているだけだった。  そして、キスで高められる。  俺の体もあそこもキスと愛撫で高ぶらされていた。  息が荒かった、俺はなにかに追い詰められたかのようで、それでいてこの先を期待していた。 「……気持ちいい?」  また聞かれて、俺は頷いた。  もっとしてくれともう少しで言いそうになっていた。  エースはそこで手を止めた。 「そうか。気持ち良くなったなら、よかった」 「……エースさん?」 「オレも着替えたらちょっと出てくる」 「ちょっと、俺は……」  エースは手をひらりと泳がせるようにして俺に挨拶して、そのまま居間を出て行ってしまった。  これで良かったはずだ。義父の居間でおかしなことにならずに済んで、俺もここでそういうことをするのは嫌だったから。  気を逸らされた落胆と愛撫による高揚とで、俺の中はぐちゃぐちゃになっていた。エースは何がしたいんだ?俺は今夜、彼の寝室を訪ねて裸になればいいんだろうか。そんなばかな、破廉恥だ。  俺はのろのろと起き上がり、エースに乱された服を直した。鏡を見てクラバットを直す時、自分の顔がまだ余韻にとろけているのが分かった。何て顔をしてるんだ、これじゃエースと外出なんか無理だ。  玄関のドアが開閉する時のベルが鳴り、エースが出て行ったのが分かった。  俺は一人で何も手につかず、立っているあそこが大人しくなるまではこのままだろう。水差しから水を取りコップに汲んだのを飲み干し、頭の中はエースのことで一杯だった。  エースを拒絶することができない。番契約があるから?  燃え立っている体は容易に鎮まりそうになかった。

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