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第19話

 ソロウの農園にあまり行きたい気持ちになれなかった。シトリンによれば、彼の農園には借金取りがうろついているという話だったからだ。初心者のやる農園がうまく経営できていないのはありえる話だし、どんな生活をしているのか分からない。  金を貸してくれと頼まれるのも困るし、しかもエースを連れて行くのもあまり楽しくない原因だ。幼馴染の情けない所を兄、それも番に見せたいと思わない。  ソロウは奥さんと別れ、今どんな生活をしているのか想像がつかなかった。  農園への道を歩きながら、家に残して来たヒーロのことが気がかりだった。ハーモンドさんに任せれば大丈夫なのは分かっているけれど、俺はあまりソロウと親しいわけじゃなかったし、彼の家に行くのはあまり気が進まない。  彼は子供の頃はアース通りからわき道に入った先のアパートで暮らしていて、そこで父親を亡くした。母親がどうしているかは知らないけれど、一緒に暮らしていないはず。  シトリンの牧場の方に行く曲がり角を通り過ぎ、逆側に折れる小道を歩いて行く。さっきまで口笛を吹いていたエースが振り向いた。 「機嫌悪い?」 「いや、ソロウの所がどうなっているか分からないのが気になるだけで」 「シトリンの言っていたことが?」 「うん」 「そうか、まだソロウに借金があると思っているのか」 「うん。だって、違わないだろう?シトリンの言ってたことはそれっぽかった」 「ああ、オレも聞いたよ。確かにな」 「ソロウの所に行って借金を申し込まれたら嫌な気持ちになるだろうな、と思って。それに、幼馴染がそうなってしまったのがなんだか……俺は悲しいよ」 「まあ、待てよ。昨日会ったヘザーはソロウの借金について何か言ってたか?」 「いや、何も……そういえば借金の話はしなかった。そんな話をする間もなかったのかな」 「でも、彼は借金取りを追い払うのに苦労してるから辞める、とは言わなかったんだろ?」 「それはそうだけど……エースは気になることはない?」 「オレ?オレは、そうだな。メドウスリー騎士団の心がどれだけ広いか気になる」 「は、騎士団?」  面食らう。なんでそこで騎士団の話しなんかするんだろう。俺は呆れてエースを見上げた、軽薄な笑みを浮かべがちな顔にふざけている様子は全くなく、ごく真面目そうに道を歩いていた。  こういう真面目な顔の方が好きだった。 「騎士団がどうしたの?」 「ちょっとね」  騎士団は借金取りと何も関係ない。エースが何を考えているのか、俺には何もわからなかった。獣騎士団でそういうことを取り扱った経験でもあるのか?でも獣騎士団に限ってそんなことがあるだろうか。  俺はエースのことをどう受け取ればいいか、まだ迷っていた。  生きて再会できた兄は嬉しい。魅力的な一面があるのも分かっている。でも時々わからないことを言うのはやめてほしい。そういえばヒーロの時もそうだった。何を考えているのか、俺にわかるように話して欲しいけれど。なんだか子供扱いされているようで、そうされると俺は気持ちをうまく言えなくなる。  ソロウの農園は入り口に門柱があり、そこを通って中に入った。  メドウスリー周囲によくある牧歌的な見た目の農場と、木を植えた住宅がある。 「オレはこっちに行く」  エースは畑の畝の方に歩いて行った。そちらの奥手には、従業員用らしい宿舎が建っているのが遠目に見えた。  エースは手元の野菜をのんびり眺めていた。 「え?そっち?」 「ソロウによろしく言っておいてくれ」 「いいけど……農園に興味なんてあったの?」 「まあ、ぶらぶら見て歩くよ」 「そう?」  エースと別れ、オレは母屋に行き、ついているノッカーを叩いた。すぐ人の声が聞こえて来て、ややあってからドアが開いた。  前より元気そうな見た目のソロウがいる。 「なんだ、お前か」 「やあ、来てみたよ」 「まあ入れよ」  家の中に招き入れられる。荒れていないどころか、まともな田舎の一軒家の室内だった。一人でもきちんとやっているのがわかる。借金した金で?わからない。 「そういえばこの間、パブでヘザーに会ったよ」 「あいつが?」 「うん」 「どこにいたって?パブ?」 「うん」 「この間から姿を見ないんだが……」 「そうなの?元気そうだった」 「あいつこの農園を辞めたがっていて、兵士になりたいらしい。でもそうなると人手が足りないから、もう少し待ってくれと言ってたんだが。今の居場所は分かるか?」 「さあ、知らない。パブで会って話しただけだ」 「仕方ない、人を募集するか。メドウスリーだけじゃなく、オルダムにも広告を張らないとな……つがいとはうまくやってるのか?」 「まあ、そこそこ」 「お前に余裕ができたのも、つがいがいるからか?」 「自分ではわからないけれど……そうかな」 「ああ」  エースと出会ってからのことを思う。彼が傍にいると思うと安心できるのは確かだった。 「俺って子供の頃、そんなに話しにくかったか?」 「ああ、俺はな。だってお前ってローラシウスおじさんのことを全面的に信じてるから、小さいローラシウスさんって感じで、俺達はお前のことをちょっとからかってたんだぜ」 「え、そんなの気付かなかった」 「だからだよ、小さいローラシウスさん」  ソロウは笑い、俺に水を汲んだコップを出してくれた。 「つがいの彼、何の仕事を?」 「確か騎士だよ」 「そうなのか」 「今日もついてきて、農園の中を見て回っている」 「なんだって!」  いきなり、ソロウが大声を出した。血相が変わっている。一気に顔が青ざめていた。 「どうした?」 「このクソ野郎、なんで騎士なんか連れて来た!いや、なんで俺の農園を歩かせる!」 「だめだったのか?」 「勝手にうろつかれるのは困るんだ、それも騎士に!」  騎士だけど、それがどうしたんだろう。騎士が嫌いなのか?  なんでこんなに強い言葉を使うんだ? 「悪かったよ」 「一体どこだ?」 「さあ、知らない。農園をうろついてみると言ってて……興味があるのかと」 「探さないと……」 「俺も行こうか?」 「お前はいい、俺が行く。ここでじっとしていてくれ、頼むからいい子にするんだ」  ソロウのいい子のニュアンスが、まるで道端で引っかけた女を宥めるために言うような口先でのことだと分かる。怒りというより戸惑いの方が勝っていた。どうしたんだ?エースが騎士で、農園を歩かれて困るのか。なぜ? 「わかった、ここにいる」 「頼んだぞ、本当に。動くなよ」  ソロウが慌ただしく家を出て行くのを見送り、俺は家の中をざっと見た。テーブルの上にいくつか書類が置かれたままになっていて、督促状でもあるんじゃないかと気になった。  あいつには悪いけれど何通か見る。ソロウが金に困っているような手紙は届いていなかった。ということは、あれはシトリンの思い違いなのか?  更に手紙を見ると、今度は銀行からの知らせがあった。新聞でも名前を見た、ガリアナ王国にも開設された銀行の一つで、ソロウは投資案内を受け取ったのだ。  資料を請求して?こんな田舎の農園主が投資なんか興味あるのは予想外だと思いつつその一通を開いてみると、入金の通知だった。しかも、額は金貨五枚。 「投資をしたのか?」  呟いてみて、ソロウに投資家のイメージはなかった。彼は宝くじが当たってメドウスリー郊外の農園を買った農園主で、投資話には縁がない。じゃあ、どうして金貨が五枚も?  更に手紙を見る、金貨の額の入金には通知が入る仕組みになっている。誰から振り込まれたのか見た。ガリアナ王国で有名な鉱山からだ。  鉱山と取り引き。何を?メドウスリーの農産物は関係ないだろう。じゃあソロウは一体何を鉱山と取り引きしたんだ?  そこに、玄関を大きく開いて人が入って来た。 「レイド!無事か?」 「エース。どうかした?」 「ソロウを掴まえた」 「え?」 「他に何人もいる。オレが見張っているから、騎士団を呼んでくれないか?」 「掴まえた?騎士団?どうして」 「ソロウの農園を基地にして、人攫いたちが活動していたからだ」  俺は仰天して、変な声を上げてしまった。

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