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第20話

 騎士団が農園に踏み込んで、ソロウを含めて六人の男女がメドウスリーの牢屋に入れられた。ニュースが村中を駆け巡ったことは家に来たローカス神父が教えてくれた。彼はヒーロの様子を知りたがり、ヒーロはハーモンドさんと一緒に挨拶をしたので神父も気持ちが落ち着いたようだった。  メドウスリー騎士団はソロウの居間の机に置いてある手紙類に気が付いただろうか?ガリアナ王国の鉱山が金を出していた、つまり鉱山は獣種の子供たちを買っていた。ガリアナ王国の法律はそれをしてもいいのだろうか?これはイオトリア王国の法律で裁かれるべきか、それともガリアナ王国の法で?獣種顧問官の俺は部屋で教科書と参考書をひっくり返して色々調べたけれど書いてなかったし、義父の執務室の分厚い前例の本を見ても、それらしいことは書いてなかった。  騎士団に頼まれて捜査に協力したエースによれば、子供たちは八人見つかり、全員が獣種だった。名前と住所を言える年齢の子達ばかりだった。騎士団から親に連絡を入れてみたが知らぬ存ぜぬの一点張りで、全くとり合おうとしない。そのため、シリウス教会で子供たちを預かって、養子先を探す予定だという。  ヒーロもその子らの一人だったらしいが、彼についてはこのままローラシウス家で預かるようにと騎士団や教会から頼まれていた。  これらのことはイブリンの新聞社が記事に取り上げ、一日後の新聞で俺はその記事を見た。あまり大きな取り扱いではなかったのが少し不満だった。  メドウスリー騎士団はイブリン騎士団に頼んで、獣種顧問官をメドウスリーまで派遣して貰ったそうだった。当たり前だ、俺みたいななりたて三級顧問官の出る幕じゃない。その道のプロが担当するべきだ。  今回の事件のことを最初から思い返してみると、俺も気が付いてもいいことが沢山あったのだと思い知らされた。エースは、フィッツさんの庭の盗み食いから何かを早々に察していたのはなぜだろう。  朝食を終えた席で、エースに聞いてみようかと思った時だった。家の玄関を開けて、義父のラタナスが急いだ様子で帰って来た。 「ただいま!レイド、今帰ったよ」 「お帰りなさい、どうしたんです?そんな急いで」 「どうもこうも。まさか、そんな事件だとは知らなくて。お前が無事か見に来たんだよ」  居間でエースがにやりと笑い、ソファーの上でヒーロがわんと吠えた。  義父さんはコートや荷物をハーモンドさんに預けて、俺の傍まで来てくれた。 「恐くはなかったか?」 「義父さん、俺はもう大人ですよ。平気です」 「それはそうだが……」 「それにエースもいます。ヒーロだって幼いのに、恐がってなんていられませんよ」 「ヒーロ。そうだ、電報で聞いたな。あの子がそうかね?」 「はい」 「よろしく、ヒーロ。私はラタナス・ローラシウス。この家の主だよ、レイドは私の義理息子で、アディシア君は息子のつがいだ」  ヒーロは控えめに鳴いて、ゆっくりと尻尾を振った。それを見て微笑んだ義父さんの顔を見て、本当に獣種が好きなんだなと分かったような気がした。  義父さんの挨拶に続けて、エースが自分の隣にいるヒーロの背を撫でた。 「な、大丈夫だろ?ローラシウスさんは人種だけど好い人なんだ。俺のレイドの父さんだけはある」  ヒーロがエースを見上げた。エースは続けて、義父さんに言った。 「オレ、この子の後見人になろうと思うんです」 「ほう?」 「多分親元に戻れないだろうし、そのくらいならオレが面倒を見て、十歳なら幼年学校に入れるとエースも言っていたし……。でも、軍人にならなくてもいい、幼年学園の学費くらい払えるだけ稼ごうと思います。十八になったら士官学園に入るかどうか自分で選べばいい。それまでは俺が支えます」 「そうか、アディシア君とそう決めたんだな。なら、ヒーロ君も心強いだろう」 「ヒーロ、俺も一緒だからな」  わんと吠えて嬉しそうだ。俺たちはのびのびとしていて、ハーモンドさんが義父のためにお茶を淹れて、俺たちも一緒に飲んだ。そしてヒーロの為にクッキーが砕かれた。義父はメドウスリーに派遣された騎士団の顧問官を知っていることをエースに話してから俺を見た。 「レイドもイブリンで騎士団の試験を受けてみたらどうだ?」 「え、試験?」 「秋の終わりに試験がある。追い込めば間に合うんじゃないか?」 「そうですね、やってみようかな」 「騎士団所属の顧問官は色んな事件に当たる。それから次の道に行けばいい」 「はい」 「問題集は私の書棚にあるはずだ。それを見てもいい」 「ありがとう、義父さん」 「さてと。それで、アディシア君だろう?ソロウ家の息子を逮捕したのは」 「ええ、まあ」 「どういういきさつだったのか、教えてもらえるかな?」 「はじめは、フィッツさんのサンドイッチを盗み食いの話しでしたね」 「ほう?だが、それでなぜ獣化したヒーロの仕業だと分かるのだね?」 「獣化した者は、そのほとんどが人の食べ物だけを欲します。本物の獣なら、食べられるものを選びません。話を聞いてからフィッツさんの裏山に入ると、骨が捨ててありました。犬は骨を食べますが、ヒーロは骨を選ばなかった。だから獣化したのだと分かりましたが……子供か大人かまでは、見るまでは分かりませんでしたね」  確かに、エースはフィッツさんの所に行って実際に見聞きして確かめていた。骨が捨ててあったなんて俺は知らなかったけど、エースは骨を見ている。  獣化した獣種は、獣の食事はとらない。これは覚えておくことだ。 「しかし、なぜ人攫いの話に加わったんだ?」 「ヒーロが不自然だったからですよ」 「不自然とは?」 「メドウスリーの獣種の家で、家出をした子かと思いました。けれど、ヒーロは家まで案内しようとしない。ずっと家の中にいて、なかなか外に出ようとしない。つまりメドウスリーの獣種の子ではない」 「ふむ」 「ではどこから?オルダム村から?家出人ならシリウス教会が知っていても不思議じゃない。なのに誰もヒーロのことを口にしない。これはおかしい」 「君は最初から人攫いがいると思っていたのか?」 「はい。イブリンでは全く聞きませんでしたが、メドウスリー近くの牧場のイシカ・S・シトリンが人攫いについて言っていました。周囲の噂だと。それらしいことが起きているのは分かっていたんです。ただ正体不明でした。きっかけは、ハーモンドさんです」  きょとん、とした顔でハーモンドさんがエースを見た。 「私がですか?」 「あなたがメドウスリーの長老を紹介してくれた」 「ああ、ドーガ老の……」 「メドウスリーに長老がいたのか」  義父さんが驚いている。ということは、長老の存在は人種には隠されている情報だったんだ。 「ドーガさんが教えてくれたんです、メドウスリーの獣種が子供を銀貨と引き換えに何者かに売り渡していることを」 「ドーガさんに聞けば個別の事情を聴くことができるだろうか?」 「いえ、ドーガさんはローラシウスさんの質問には答えないでしょう。あなたは人種で、しかも獣種顧問官です。長老は、獣種のことは獣種で解決したいと考えています。でも、どうすればいいかわからない。そこにオレが顔を出したので話してくれたんです」 「種族間の事情もあるが……嫌われたものだ」 「嫌ってはいないんですよ、使う手段が違うんです。獣族と人族の間を良くするための境界が必要だと長老派は考えているようですから」 「それで、君はどうしたんだ?」 「オレ達はパブに行き、ヘザーから情報を得てソロウの元に行きました」 「ヘザーのことは覚えている。父親が軍人だった。あの子か」 「ヘザーはどこかに行ってしまいましたが、ソロウの所で何が起きているのか知っていたようですね。オレとレイドに、ソロウの元に行けと言いました」 「そうか。ヘザーの息子は知っていたのか」 「知っていて通報もせず、協力もしなかったようです。農園に行った時、レイドがソロウを引き付けておいてくれたのは助かりました」  あの日、俺にも役割があったことに気付いて嬉しい。俺が笑うと、エースも微笑んで俺を見返した。 「君の功績について、私から獣騎士団に手紙を書こう」 「ちょっと気が付いただけですよ。功績なんて大したことじゃ……」 「いいや。これは、立派な功績だよ、アディシア君」

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