21 / 29
第21話
義父さんが帰ってきた日は賑やかだった。義父さんはイブリンの仕事について少しだけエースと話をして、そのまま夜になるまで家に滞在し、最後の汽車でイブリンに戻った。
俺は少しだけ義父さんのことを恨みそうになっていたから、顔を見れたのはよかった。
なぜ俺が獣種だということを黙って育てたのか、子供の頃から分かっていたら混乱せずに済んだのにという思いもあったからだ。
だけど分かった、義父さんはエースとの約束を守ろうとしたことが。エースが俺の番としての行動を取ったから、義父さんも獣種顧問官として対応したのだと俺にはわかった。
翌朝、まだ暗い内からなんだか家の中がバタバタしていて、俺は眠い目をどうにか開いて体を起こした。まだ夜明け頃で、普段なら眠っているけれど寝ていられない。
寝間着のままで階下に降りると、丁度ハーモンドさんが客間の方に通り過ぎていく所だった。
「こんなに早くから、どうしたんですか?」
「戻ったんですよ」
「え?」
「戻ったんです、獣化が解けたんです。ヒーロの……」
「ああ!ヒーロ、どうだった?」
「元気ですよ、まだ寝ぼけてるけど受け答えはしっかりしています。あの子はヒーロ・ハウトゥーンという名前で、グレンリーフの出だそうですよ。ここから六駅離れた先を馬車で行かなくちゃならない村です。行ったことは?」
「ないよ。そんな所から?」
「今はアディシアさんがハウトゥーン君を洗っていますよ」
それだけ言って行こうとするので、俺は声を投げかけた。
「ヒーロは何歳?」
「八つです」
道理で小さな子犬だったわけだ。
八歳でガリアナ王国の鉱山に連れて行かれそうになっていたのか。何が起きて獣化したのか、フィッツさんがトラバサミの罠を仕掛けなくてよかった。
しばらくすると家の中は静まり返り、俺も着替えて洗顔や歯磨きを終えて居間でラジオを聞きながら朝刊を待っていた。
そこに、ちょこんとした感じの少年がやってきた。
「おはよ、レイド」
「おはよう、ヒーロ」
「ん」
俺の子供の頃の服がぴったりで、挨拶した後のはにかんだ顔がかわいかった。癖毛で、どこか子犬だった頃を思わせる茶色の瞳をしていた。すぐ後からエースが来て、ヒーロの頭を後ろからぽんと撫でた。
「おはよう、レイド。ヒーロの事は聞いた?」
「ハーモンドさんから聞いてるよ。遠い所から来たんだって?」
「うん」
「ハーモンドさんが朝食の支度をするまでまだ間がある。クッキーは?」
聞くと、可笑しそうな顔をして答えた。
「さっきアディシアさんに貰ったよ」
「あ、そっか」
「レイドに言いたい事があったんだ」
「何?」
「オレを家に置いてくれてありがとうって」
「困った時はお互い様だろ。それにヒーロが……ハウトゥーンくんが困っていると分かったのは、エースの方だ。俺は分からなかった」
「ヒーロでいいよ。それに、レイドが居なかったらアディシアさんも来なかっただろ。きっと、オレはトラバサミの餌食になってたんだよ。だから、ありがとうを言いたくて」
「そんな……」
こんな小さな子にありがとうを言われるのは初めてで、すっかり照れてしまった。大体俺は何もしていないのに。
「レイド、それはオレからもお礼を言うよ。お前の柔軟な態度に助けられたのは確かなんだ」
「態度、態度かあ。俺は普通にしてるつもりだけど……」
「そうじゃない人が世の中多いんだよ。あの恐いおじさんみたいに」
「ああ、フィッツさんは変わり者で有名なんだよ。山から下る川筋を占領してしまってね、この村で釣りをしようと思ったら、隣のオルダム村まで行かなくちゃならない」
ヒーロの目は可笑しそうな表情を浮かべて輝いた。
もしかして、うちの釣竿を使って川で釣りをする気じゃないだろうか。
「お、おいおい……困るよ、ヒーロ」
「オレは何も言ってないけど、何が困るの」
「ヒーロ、頼むよ」
横で見ていたエースが笑い、ラジオからは元気のいい爽やかな朝に似合う曲が流れ始めた。
俺たちは朝食を気長に待って、ヒーロの食欲は旺盛だった。お粥を二杯も平らげたのはエースと同じだ。子犬だと体が小さい分食べる量も少なくなって恨めしく思っていたくらい、ハーモンドさんの料理がお気に入りだそうだった。
朝食を済ませると、俺たちは事件解決と共にヒーロの獣化が解けたのを店にドーガさんの家に挨拶に行った。
ドーガさんは俺たちを庭に招いてお茶を振る舞ってくれた。
「それにしても、ヒーロのしっぽは元気が良かった」
「ああ、それは本当に」
「気持ちのいい子犬だったよ」
ドーガさんがヒーロを褒め、俺やエースが同意すると照れた顔をして、頬を染めた。そうか、尻尾を褒められるのは嬉しいのか。
「それにしてもアディシアさんは本当にご立派で。人攫いを見つけたなんて、立派だわ。さすが獣種騎士団にいるだけのことはあるわね、鼻が利いて」
「どうもです、ドーガさん」
エースも嬉しそうな顔でドーガさんに軽く会釈した。そして、ドーガさんは俺に向き直り、ちょっとお茶に砂糖を足した。
「あなたはどう?」
「どうって……」
「こういうつがいがいると、誇らしいでしょう?」
それは確かに。エースが俺の番であることが誇らしかった。エースは褒められ待ちをしている子犬みたいな目で俺を見ていて、仕方なく俺はエースを褒めた。
「はい、立派だと思います。俺は自分のつがいにそんな力があるなんて知らなかった。さすが獣種騎士団にいるだけのことはあります」
それはもう嬉しそうな様子のエースを見て、俺はなんだか照れ臭かった。だけど、エースを頼りにしていいと分かったのは俺としては大事なことだったし、獣種の仲間の前で褒めることも大切だろう。俺だって獣種なんだ。
だけどこうも思う。エースが話してくれればよかったのに。
ヒーロを見つけた時も素直に言ってくれていたら。
人攫いたちを見つけた時も、できれば前もって俺に教えておいて欲しかった。
どうしてエースが黙っていたのか、その想像はつく。俺が大人になりたてで、その準備がなかったからだ。獣種顧問官として試験を通ったばかりで、書類上でしか獣種のことを知らない、この間まで自分を人種だと思っていたから。
俺のことは自分で分かっている。
エースが相談してくれても、勘違いだとか気のせいだといって取り合わなかった俺の姿が分かる。だからエースは何も言わずに自分だけで事態に対処していった。
俺はその夜、エースの客間にお邪魔した。
ヒーロはこの日、俺のおさがりの服の中から尻尾の穴を出していい服を選んでハーモンドさんの奥さんに穴をあけて貰うために、ハーモンドさんの家に泊りに行っていた。
「どうした?」
「……エースが俺にソロウのことを話さなかったのは、この事件のことを俺が分かってなかったから?」
「まあ、そうだ」
「何で教えてくれなかったの?」
分かっている、俺が言っているのは事態が全て無事に終わったから出てくるわがままだ。なのにエースは俺の肩にポンと手を置いて、優しく撫でた。
「お前は初めてだから、何をどう見ればいいか分かっていなかった。だけど一度経験したら、次のことについて考えられるようになる」
「だからって、何も言わないのかよ」
「なぜそうしたかわかるか?」
俺は頷くのに少しためらいがあった。本当は、分かっていた。
「わかる。俺に経験が無いからだろ?」
「お前は初めて事件が起きる所を見た。これからは顧問官としての目線で村を見ることを覚えていけばいい。お前は初めて事件を見たんだ。次からは注意できるようになる」
俺の両肩を抱いて見下ろしながら、導こうとしている?
それが嬉しくて頼もしくて、俺は顎を上げた。
「レイド?」
「……キスして、エース」
誘うと、彼はアイスブルーの目を微笑ませて、すぐ俺を抱き寄せてキスをした。
ともだちにシェアしよう!