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第24話

 メドウスリーに到着したのは昼過ぎだった。遅い昼食を村の喫茶店で食べてから家に帰る。家族ができたと思うと嬉しい。それも、俺とエースの間に子供がいることがこんなに自然に感じられる。  ヒーロは途中から走り出して家の玄関の中に飛び込んで行った。大声でハーモンドさんを呼んでいる。  俺たちが玄関の中に入って行くと、ハーモンドさんがヒーロを抱きしめている所だった。 「ヒーロ、手を洗って」 「はーい」  ヒーロは家の中に入って行き、ハーモンドさんがにこにこしていた。 「聞きましたよ。ヒーロ坊やを引き取ることにしたんですね?」 「そうだよ、アディシアの方でだと思う。だろ、エース」 「一応アディシアの長老には会わせたけれど、ヒーロは苗字を持っているし。ハウトゥーンのままでいいんじゃないか?ヒーロ、手を洗っておやつを食べたら俺と来て。教室と教会に顔を出しに行くよ」 「はーい!」  メドウスリーでヒーロの親として、教室と教会への挨拶は外せなかった。まずミルバンク先生のいる教室に顔を出してから、教会のローカス神父の所に行きたい。 「ああレイド、出かけるなら買い物を頼んでもいいかい?」 「ああ、いいですよ。なんです?」 「このメモにあるものを買ってきてほしいんだ。お金はこれを」 「わかりました」  財布とメモを持って、ヒーロと村の道を歩いて行く。  垣根の続く道を行きながら、どこかつまらなさそうにヒーロが声を上げた。 「教室って何?どんな所なの?」 「え、知らないの?」 「初めて聞いたよ」 「そうなのか。教室というのはね、七歳から九歳くらいになったら先生のいる教室に入るんだよ。そこで文字や数字、計算を教えて貰うんだよ。その他に、道徳や常識もあったな」 「あ、あれかな?兄ちゃんが行ってたやつ。オレは金がないから行けないよって言われてたんだった」 「そうなの?文字と計算は大事だよ」 「そうなんだ?」 「そうだよ。メドウスリーの教室はミルバンク先生という人がいて、皆に色々教えてくれる。教室に入ったら、皆と先生に挨拶するのが大切なことだよ」 「うん」  教室が見えて来た。教会の鐘が鳴ると昼休みの時間が来て、皆それぞれ家に帰って食事にしたり、お弁当を持ってきている子は教会のベンチで食べるために外に出てくる。  俺とヒーロは子供たちが飛び出してくる教室のドアを開くと、最後の一人が出て行く所で、先生はまだ教壇の所で片付け物をしていた。 「ミルバンク先生」 「はいはい?」 「お久しぶりです。ローラシウスです」 「ああ。こんにちは、ローラシウス君……どうしたのかな?」 「実は子供ができたんです」  俺は隣にいるヒーロを見た。ヒーロはいつもと変わらない様子で、ミルバンク先生をじっと見上げていた。  ミルバンク先生も子供相手の仕事だからか慣れた様子で頷いた。 「その子が例の、フィッツさんの所にいた子なのかな?」 「はい。この子はヒーロと言います、ヒーロ・ハウトゥーン。家から教室に通わせようと思っているんです」 「いいよ。机と椅子はまだ物置きにあるから、あとで出して拭いておこう。月謝は一月半銀貨、皆さん大抵二ヶ月に一度銀貨一枚で支払っているよ」 「はい。俺も二ヶ月分を持って来ています」 「ヒーロ君はどこまで学んだか分かるかな?」  ミルバンク先生がヒーロに目線を移して聞いたが、ヒーロは首を横に振った。 「オレ、教室は初めてだよ」 「おお、そうなのかね。なら話が早い、最初から覚えていけばいい」 「よろしくお願いします」 「わかったよ。じゃあ、明日からね」 「はい、先生。ヒーロ、先生に挨拶して」 「うん。じゃあな、先生!」  ヒーロは元気よく挨拶をした。教室という場所が分かってるだろうか、俺は少し不安を覚えたけれど、それはこれから覚えていくしかないだろう。  あとは、ヒーロの心配をして家まで様子を見に来てくれたローカス神父の所に挨拶に行くべきだった。  教室とシリウス教会は目と鼻の先だった。俺たちは思い思いに外のベンチで弁当を食べている人たちを眺めながら、教会前の広場から階段を上り、中に入った。 「教会は来たことある?」 「ここのより小さかったよ」 「うん、メドウスリーの教会は少し大きいんだ。今から二百年前の領主が、流行病対策のために建てたのがはじまりだっていうよ。裏手に倉庫が三つあるんだけど、当時はそこが全部病室だったそうだよ」 「へえ」 「倉庫に行くと幽霊が出るって。覚えておくといいよ」  幽霊の話をしてみると、ヒーロはおかしげに笑った。よく笑う子だった、子犬の時も笑顔に見える短吻だったのがもう懐かしい。  お堂の中に入ると、ローカス神父が荷物を持って歩いている所だった。 「神父様」 「おや、ローラシウス君……と、君は?」 「ヒーロだよ」  ヒーロは自分で自己紹介をすると、神父は足を止め、俺たちに向き直った。数歩近付いて来る。 「ヒーロと言うと、家族と引き離された子じゃないか?」 「もう元気なんだ。家族もいるし」 「家族が?」 「引き取ることにしたんです」 「おお、そうなのか……それはよかった。教室は?」 「今、ミルバンク先生の所に行って来たんです」 「そうか、それは何より。ヒーロの上に神のみ恵みがありますように!それで、君のお父さんは?」 「義父はイブリンのアパートに。昨日、挨拶に行ってきました、ヒーロの獣化が解けたのと、それと……俺のつがいと一緒に、つがいの一族の長老の所に挨拶をしておきたかったので」 「そうか。つがいか、それはよかったね」  ああ、やっぱりローカス神父はオレが獣種のハーフブラッドだということを知っていたのか。ヒーロは教会の高い天井を眺めていた。 「お話はそれだけです」 「ご苦労様だったね、ローラシウス君」 「いえ。神父様には、いつもお世話になっていますから」 「いつでもここに来るといい。いつも私がいるわけではないけれど、神様はいらっしゃる」  俺たちは教会を出て、村のメイン通りにある店でいくつかの買い物をした。缶詰やしょうが、豆などを買い、買ったものを紙袋に抱えて家の前の道をずっと歩いてきた。  家の門の所に何かが置いてある。それは、ヒーロも気付いているようだった。歩いて行くと、門に停めてあるのは自転車だと分かった。多分最新式だ、イブリンの学園に通っていた時に見たことのある型だった。 「うわあ、いいな……格好いい」  ヒーロはさっそく自転車の方に駆け寄って行き、つくづくと眺めた。手を触れないのは、余計な争いを避ける為だろう、あきらかにヒーロと同じくらいか少し上の年頃の少年向きの車体だった。 「これ誰のだろう?」  その高い声が聞こえたのか、庭の芝生に水を撒いていたハーモンドさんが声を上げ、家の中にいるらしいエースを呼んだ。  暫くして、玄関からエースがやって来た。 「お帰り」 「ただいま。ねえ、これ、誰の?」 「お前のだよ」  エースが優しい声を出すと、ヒーロの表情が一気に輝いた。 「わあ!これ、オレの?」 「そうだよ」 「やった!乗っていい?」 「迷うなよ」 「うん!」  ヒーロは自転車にまたがると、一目散に自転車を走らせて行ってしまった。 「補助輪はつけなかったの?」 「いらないと思って。必要だったらまた買えばいいし……思った通り、いらなかったな」  笑って、俺は買い物を持って家の中に戻った。荷物と財布を台所に置いて、自分の部屋に戻る。一度着替えてから、エースの元に行って耳と尻尾を出すのがやっぱり妙な感覚だった。  俺はこの状態で父のくれた参考書を読みこみ、いくつか例題を解くころには日は暮れて、ハーモンドさんが玉ねぎを炒める匂いが家の中にうっすらと漂い始めていた。  問題集から顔を上げて、空腹を癒すのにクッキーの一枚でもないか階下に降りた。 「ヒーロはまだ戻らないんですか?」  台所からハーモンドさんが大声に俺に聞いた。 「まだみたいだよ」 「迷子になったんでしょうか?」 「まさか。ヒーロは賢い子だよ、帰って来るよ」 「またかどわかされたんじゃ……心配になりますよ、私は」 「そう言われると俺も気になるよ、どこまで行ったんだろう?」 「大丈夫、帰って来る。冒険してるんだろ」  台所の中からエースの声がした。覗いてみると、彼は鍋を掻き混ぜていた。ハーモンドさんの手伝いをして過ごしていたのか。  そこに、玄関のドアが威勢よく開いた。 「ただいま!」 「おお、お帰り、ヒーロ」  ハーモンドさんが台所の手を止め、前掛けで手を拭きながらヒーロの所に行った。そして彼は大声を上げた。 「びしょ濡れじゃないか!」 「へへへ」  びしょ濡れと聞いて、よく見るとヒーロの服はずぶぬれて、髪の毛も頭にべったりと濡れて張り付いていた。  俺だって子供の頃は元気だったけれど、ここまでのことはなかった。咄嗟に何も言えずにいると、台所を出て来たエースが声を掛けた。 「楽しかったか?」 「すっごくよかった!」  エースが笑い声をあげ、それで気が付いたハーモンドさんが大急ぎでヒーロを浴室に連れて行ったので、夕食は普段より一時間ほど後になったけれど、満足すべき内容だった。  ヒーロはその日、フィッツさんが縄張りにしている川筋から湖まで探検に行き、そこで顔見知りになった男の子が二、三人もいるらしく、夕食をもりもり食べながら一生懸命話していた。  夕食後、もう風呂には入ったから歯を磨いてベッドに入るだけだった。 「ちょっと疲れたし、オレもう寝るね」 「おやすみなさい、ヒーロ」 「おやすみ、レイド、エース」  川の中に飛び込むほど暴れて、ちょっと疲れた?  俺はとんでもない男の子を自分の子にしてしまったかもしれない。 「エース、今日ヒーロが川の中に飛び込んだことについてどう思う?」 「街では中々そういう経験はなかったけれど、あのくらい元気な方がいいだろう?」  そうなんだろうか。やんちゃという言葉の意味が、ヒーロによって理解できたような気がした。

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