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第26話
昼の汽車にあわせてケンドルは帰った。俺は昼食後に部屋で勉強をしていて、何となく集中できなかった。俺の女関係を、エースにばらされたことがある。
やっぱりケンドルにはエースが番だと言ってしまった方がよかっただろうか?そうだとしても、ケンドルはやっぱり俺に女がいたことを口にしただろう。あいつは人種で、ふつうに人種として暮らしている男に獣種のことが分かるわけがない。
エースに話しておいた方がいいだろうか、何も知らなかった頃の火遊びについて。ケンドルと笑っていたしそんなに気にしなくてもいいような気もする。
集中力が続かずに、俺は卓上に置いてある飴を舐めた。ミント味をゆっくり転がしている時、ふとエースとのキスを思い返した。からみつく舌と舌の感触をまざまざと、一度寝てから彼に関しての物思いは落ち着いていた。何もかもが腑に落ちた、と言えばいいだろうか。たった一回体を重ねただけで、俺はエースの何もかもを受け入れる気になっていた。番の契約とは、きっとそういうことなのだ。むしろ、番なのに今まで指先さえ触れて来なかったから不自然な状態だったんじゃないか。
「レイド、いいか?」
「うん、いいよ」
エースが入って来て、後ろ手にドアを閉めた。そこに立ち、じっと俺を見つめている。
「エース?」
「……女がいたなんて言わなかった」
「え。いや、それは……」
「オレは女の話はした。ダンスして、軽いキスをしただけだ。でもレイドは?」
「いや、その……その……ごめん、言い損ねた」
「どうして?」
エースは戸口に立ったまま、じっと俺を見下ろしている。その表情は微笑みも怒りもしていないのが、俺はひどく恐かった。いつもみたいに軽薄な笑みを浮かべてくれたら、どれだけ安心できただろう。番に裏切られた片割れがどんな気持ちになるのか、俺は想像してみたこともない。
これから恐ろしいことが起きそうで、俺は心ひそかに怯える気持ちを叱咤した。
「つがいにそんな話したくなかった」
「あったことは言って欲しかった」
「ごめん……ちゃんと言わなくて」
「シェリーとサナだっけ?」
「うん」
「関係はあったんだ?」
「うん……肉体関係が、あったよ」
胸の中で心臓がばくばくと音を立てはじめていた。エースが、ふっと笑った。その笑いが恐い。
「そうか。それで、彼女たちはどこまでレイドのことを知っている?」
「どこまで、って……」
「レイドはキスの他に、どんなことをした?」
こつ、と靴音を立て、エースが一歩前に進み出て来た。ゆっくりと俺の前に来て、俺の椅子のひじ掛けに両手を乗せて体重をかけた。真ん前にエースの顔があって、アイスブルーの目がじっと俺を見ている。
「か、体に触れた」
「どうだった?」
「素敵だった。魅力的だと思ったよ、女に触るの初めてだったから」
「どんな風に触れた?」
「そっとした。優しく、……できるだけ。女は壊れ物だと聞いてたから、ケンドルみたいな仲間たちが言ってたんだ」
「どんな風に思った?例えば、乳房とかは?」
「ねえ、エース、謝るよ」
「それはまだ後でいい」
「後?」
「女の胸に触れた感想は?」
キスする程間近で尋問され、どこにも逃げようがないままエースの呼吸を鼻先に覚えながら答えた。
「とても柔らかかった。なんだか、懐かしいっていうか……優しくした」
「どんな風に?」
「どんなって……」
「その時みたいに、オレに触れて」
「う、ん」
俺はエースの、ひじ掛けを掴む手にそっと触れて、優しく撫でた。初めて女に触った時のことを思い返しながら、あの時の俺の愛撫はたどたどしかった。
腕まくりをしているエースの腕が、筋肉が張り詰めていて固い。
「……そんな風に触ったのか」
「ごめん、嫌だった?」
「そんなことはない。レイドを全部知りたいだけで」
「知りたいって、……どんな風に?」
「舐めたことはあるのか?」
「な、め……」
「女のあそこ。舐めた?」
「まさか、舐めたりしない」
「あそこはどうだった?」
「温かくて、……女の匂いがした」
「へえ、女の匂いか。女の匂いをどう思った?」
「わからない。ただ、自分とは違う匂いで……それが女なんだと思ったよ」
「惹かれた?」
「見たことのないもので、興味はあったけど」
「そこに触った?」
「少しだけ……よく分からない所だったし、あまりきちんと見せてくれなかった」
「女がリードを取ったのか?」
「うん」
「なるほどな、そこから?」
「好きにされっぱなしだった。射精するところまで操られたよ」
「……それ、オレもしたい」
ぞくり、とするような声音でエースが俺の耳元で囁いた。俺の耳朶にキスして、舐める。そしてまた俺の耳に息を吹き込むように囁きかけた。
「なあ、それ、オレもしたい」
「……っ、それ、それって」
「今したい」
「エース……」
ちゅ、と耳にキスされた。背筋がぞくりとして、間近なことでわかるエースの匂いに包まれていることであの夜のことを思い出し、判断力がどこかうわついていく。
「今、したいの?」
「うん、今。だめ?」
「勉強、しないと、」
「後にしろよ」
耳を舐めていた舌が俺の唇を舐めて、もう抗えない。俺はエースとついばむようなキスをして、キスは次第に深くなった。舐め合い、唾液が混ざり合い溢れそうになるのを飲まされる。 俺はエースの歯列を舌先でなぞった。犬歯が発達してるのは純血の狼種だからだろうか。舌を軽く噛まれ、その軽い痛みが気持ち良さになるのが不思議だった。
噛まれた舌を丁寧に愛撫され、そのままキスに溺れていく。
「起きて」
ぐい、と脇の下に手を差し込まれ、起き上がらされた。ぼんやりとエースを見返す、高い所にある口元がにっこりと笑っていた。
「エース……」
「こっちだ、レイド。ここでしよう」
ベッドの上に連れ込まれ、俺はベッドに横たわってぼんやりとエースを見上げた。彼の目が笑っていなかったことに、なにか危機感のようなものが心の中に水位を上げていた。
「それでレイド……女の子にしたキスは、こんな風だった?」
「そんなの覚えてない、去年のことだったし」
「思い出して。俺のキスはどう?」
「エースとのキスの方が好き」
そう答えると、はじめてエースの目元が笑った。
俺の首元のスカーフを解き、襟を寛げていく。
「え、え。何、……」
「どんな所にキスをした?首筋に?」
「した」
エースが俺の首筋にキスをして、舌を這わせた。ぞくぞくする。
「あ、あ……」
「胸に触れたんだったな」
シャツをはだけられ、胸に触れられた。下から掬うように撫で上げられ、乳首を摘まむ。力加減が少し強めに乳首を揉まれて、知らなかった感覚に戸惑いがあった。
注視するエースの視線から逃げたいけれど、ここで逃げたら後が恐そうで逃げられない。嫉妬?もう終わったことなのに。
「エ、エース、なあ。もう終わったことだ、彼女たちも遊びだったし……」
「俺の知らないレイドを知っている彼女たちがいることが、オレはいやだね」
「エース……」
「だから知りたい。その時のレイドはどんな顔してた?こんなキスでとろけた顔を、女の子の前に見せてたのか?」
「キスでとろけたりはしなかったよ」
「じゃあ、その顔は何?」
「それはエースだから」
にやりとした顔が、まるで狼が笑ったかのようだった。
乳首を揉まれながらキスをして、変な感覚だった。そんな所が感じるなんてあまり思っていなかったから、エースの仕掛けている遊びなのか、復讐なのか。これは何だろう。
「なあ、エース……女子としたの、不愉快だった?」
「レイドはオレを覚えてなかったから仕方ないと思ってる」
「なら」
「でも、オレの知らないその時のレイドをオレのものにしたい。だからレイド、教えてくれ。次はどうした?」
乳首を指先で転がしながら聞かれて、やっぱり俺はどこか追い詰められたような気がしていた。
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