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第5話 魅惑の翔平

「あっ……ん……」  翔平は俺に背を向けて、浴槽にペタンと座り込んでいた。身体中がうっすら色づいてはいたけれど、よく見るとその赤みが増している。湯船に浸かっているからだろうと思っていたのだけれど、どうやらそれだけでは無いようだ。  よく見ると、背中を丸めて自分を抱きしめるように小さくなっている。それに、苦しそうに呻く声と熱い息遣いが入り混じっていて、時折体がゆらゆらと揺れていた。 「……翔平、もしかして待てなくて一人でシてる?」  俺は髪を洗い終え、視界の邪魔にならないように手で水を軽く落としながら髪を撫でつけた。そして、軽く泡立ち始めていたバスジェルの中へと飛び込み、翔平の隣に寄り添うように座り込んだ。 「だ、って……、なんか、これ……そういう気分に、なる……何、か、入ってる……?、これ……」  俺の方を振り返った翔平の顔は、桜どころかトマトみたいに赤くなっていて、俺は心配になって肌に触れた。すると、翔平が体を小さく跳ねさせながら「あっ!」と叫んだ。 「えっ? 何、どうした?」  俺は驚いて翔平がじっと見ている湯船の中を一緒にのぞいた。そこには、翔平の足の間をゆっくりと落ちていく白い筋が見えた。ジェルの濃度のせいか、ゆっくりふわふわと漂っている様子がはっきり見える。  それがなんなのか理解するまでに時間がかかるほど驚いたし、翔平自身も驚いていたようで、大きな目が落ちそうなほどに見開いていた。潤んでいたその目は、一層溜め込んだ水分を抱え切れなくなり、そのまま下へと飛び出していった。 「えっ……やだ、なんでだよ。何もしてないのにこんなになるなんて……」  そう言って鼻を啜る音が響いた。今日は酒を飲んだけど飲みすぎてるわけじゃ無いから、むしろ反応が良くなっているのかもしれないし、俺といるだけなのだから、泣くほど気にするようなことでもないんじゃ無いかと俺は思った。  でも、それをストレートに言葉にするのはいけないのだろう。そう言うところがデリカシーが無いという事なのだというのを、翔平からずっと言われ続けて来た。  そして、最近ようやくそれをちゃんと理解したところだ。だから俺は反射で物を言わず、少しだけ逡巡して、少しでも誤解なく翔平に伝わりやすい言葉を探した。 「あ、そう言えば、蒼さんが翔平に何か言ってただろ? バスジェルに何かあるのかもな。さっき容器ごと投げたから、その辺に落ちてない?」 「ん? ……あ、うん。あ、ア……レ、で、しょ?」  翔平は、浴槽の端にプカプカと浮いていた綺麗なボトルを掴み、引き寄せた。そしてその成分表を目で読み始め、すぐに「えっ!? な……でこんな……蒼さ、んのバ、カー!」と言って、手で顔を覆い隠した。 「え、何そんな蒼さんにバカなんて、珍しいじゃん。えーっと、これはセンチネルがケア目的で使用するブースターです。ブースター? なんの? あ、これか。クラヴィーアの効きを良くすることを目的とした……あ、だから気持ちよくなっちゃったってこと!? そりゃ仕方無いよな。俺としてるのと変わらない快楽物質を予防的に飲んでて、それをブーストされたんなら、ヤったのと同じってことだもんな。そりゃあ射精るわ」  そこまで一気に捲し立ててしまった。俺としては本当にそう思ったわけだし、揶揄う気持ちはカケラも無かった。それでも、翔平の顔を見て、しまったと思った時にはもう遅かった。 「……っ、鉄平の……あほー! 恥、ずかしく、て、死にそ……に、なって、る、のに……追、い討ち、かけ、ん、な、バカ! も、知らね……んっ……」  翔平は、息切れがするほど悶えたままなのに、俺に思いっきりお湯をかけて攻撃してきた。俺は溶けたジェルのせいで、髪がべっとりと顔に張り付いてしまった。拭っても拭っても張り付くような感じがして、なかなか目が開かない。 「うわっ! ちょ、翔平、ごめんて! これ、目が開かなくなるからやめて……」  翔平はそれでもやめようとせず、鼻を啜りながら俺にお湯をかけ続けた。少し重くなっているお湯を掬って撒き続けていると、普通の水よりも手は疲れる。だんだん息が切れ始めたようで、早々に大人しくなってしまった。  俺はなんとか目を擦り、その周りに張り付いた髪とうっかり飛び出た言葉への後悔を拭うと、項垂れる翔平に「ごめんな?」と声をかけた。  翔平はまだ内に籠る熱が冷め切らないようで、俯いたまま足を僅かに擦り、それを逃がそうとしている。それでも必死に冷静を装いながら、涙の粒を落としていた。 「俺は鉄平とするのは好きだけど、別に一人でサカるほど性欲強いわけじゃ無いんだよ! それなのにこんな……あ、また、変に……もうやだぁー。助けてよ、てっ……」  その言葉を言わせないうちに、翔平の手を引いて唇を噛んだ。手は後ろに引きつづけ、翔平が俺に倒れ込むように密着させる。粘度の上がっているお湯が潤滑剤のようになって、動くたびに甘い刺激を生み続けた。 「あっ……これ、気持ち……」  翔平はその刺激が気に入ったのか、さっきまでの羞恥心が解けてしまったようで、俺に体を擦り付けて甘え始めた。夢中になって体を捻ったり、すり寄せたり、押し付けたりしている。そして、その合間に熱くて短くて甘い息を吐く。  いつの間にかバスルームには、翔平の小さな声と動く水の音だけが響いていた。その耳の刺激と目の前の光景に、俺の鼓動も早まっていく。 「翔平、それ、イイの?」  どうやら恥ずかし過ぎて傷ついたセンチネルの繊細な部分は、この気持ちよさでケアされたようで、今はただ蕩けた目で俺を見つめている。  なけなしの意地もどこかへ吹き飛んでしまったようで、素直に快楽を口にしていた。 「ん……イイ……これ、いっぱい欲しい……それに、鉄平の匂い、する……から、さっきより、もっと、気持ちよ、く、な……る……」  そう言って、体の全てを俺に押し付けたかと思うと、突然俺の上に飛び乗り、座った。そのまま腰をゆっくり動かし、内に燃えているものが飛び出しそうにしているのか、自分の胸の前で拳をギュッと握り締めながら喘いでいる。 「も、待てないぃ……」  涙を流して強請る翔平に、言葉を返さずに深く口付けた。そのまま腰を掴んで抱え上げ、ゆっくり翔平を俺の上に下ろしていく。 「あっ、あっ、あああっ!」 「うっ、……いってぇ」 「てっぺ……大丈夫?」  翔平は中に肉食獣でも飼っているのかと思わせるほど、その内側を蠢かせていた。催淫効果の恐ろしさを身に沁みて感じた俺は、これは蒼さんにしっかり報告しておかなくてはならないと強く思った。 ——食いちぎられそうになるって、本当にその通りなんだな。 「鉄平?」  正直なところ、一瞬意識が飛びそうなほど痛い瞬間があったのだけれど、翔平にそれを言うときっとさらに落ち込むだろうから、それは言わないでおく。必死に言葉を飲み込んだ。  その代わりに下から思い切り突き上げて、目の前の真っ赤になったご馳走を、心ゆくまでいただくことにした。 「あ、ん、はあっ、んっ」  翔平は俺の胸に体を預けて、どうにか首にしがみついている。ジェルの効果はかなり強いらしく、何度か擦り上げただけで奥の方から湿度が上がるのがわかった。  強烈な快楽に襲われるのなら、早く終わらせてあげないとかえって体に負担がかかるかも知れないと思い、俺は速度を早めた。 「あ、うぅ……やあ、も、う、ダメ……」  力なく絞り出した言葉と共に、俺の腹目掛けて白い飛沫を吹き上げた。それでも、仰け反った肌の赤みよりもさらに濃い熱の塊は、まだ全然萎えていなかった。  ただ、本人は半分のぼせた状態だったようで、仰け反りながら力尽きてしまった。目を閉じ、口を小さく開けたままの翔平の背中に腕を回し、反対の手で腰を掴んだ。完全にぐったりしているので、早く連れ出したほうがいいだろうと思った俺は、翔平を抱き抱えたままなんとか立ち上がった。 「うっ……重たっ」  膝にのしかかる負荷ををどうにか上半身の筋肉へ分散させ、急いでバスルームを出た。そして二人の体を雑に拭きあげ、そのまま寝室へと進む。

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