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第6話 知らせ
そこには、蒼さんが選んだあのクイーンサイズのベッドが置いてある。一般の大学生が住む家だとこの大きさは無理があるのだろうけれど、翔平が特級センチネルのレベル7まで上がったことで、かなり大きな部屋に住めるようになった。
国からの家賃補助は元々あったけれど、それが目が飛び出すほどに増額されたからだ。有難いと言えば有難い。でも、それはいいことばかりじゃ無いのは確かだった。
ランクが上がるとそれだけ仕事の難しさも上がる。万が一身元がばれては困るような仕事も増えていく。家のセキュリティレベルを上げるためにも、それなりのところに住むように指定された。
『このベッドを贈るのは、せめて家にいる間だけでもくつろいで欲しいという、俺たちからのせめてもの罪滅ぼしだな』と蒼さんからは言われている。
俺はその大きなベッドの端に、翔平と繋がったまま座った。そしてゆっくり枕元へと移動して、クッションの海の中へと落とした。シャリ……とファブリックの擦れる音がする。少し冷たいその感覚が心地いいのか、翔平はふわりと表情を緩めた。
「拭きあげたから落ち着いたか? でも、悪いけど……今度はちょっと俺に付き合って」
ずっと繋がっていた場所を少し後ろへ引き、そのままゆっくり中へと戻る。その度に、翔平は眠っているのに体が応えるように絡みついてくる。
ここだけ拭くことが出来なくて、ジェルが残ったまま付いている。それがだんだん体温の上昇とともに、また翔平の熱を上げていったようだった。
「ん……てっぺ……ん? んん、んっ」
何が起きているのかを理解できないまま、昂まり続ける翔平が可愛くて仕方が無い。追いつかない思考に反して応えすぎる体に戸惑っている姿が、俺の胸に焦げ付くような熱を高めていく。激しく腰を打ちつけたくなるのを必死に抑えながら、緩い抽送を続けた。
「翔平、わけわかってないのにヤラシイの最高なんだけど。そう言うとまた怒る?」
半分揶揄うようにそう声をかけると、蕩けたトマトになった翔平は小さく口を開いたまま俺を見つめた。その口から絶え間なく漏れる短い息の合間に、一生懸命言葉を紡ごうとしている。
「お、おこ……な、い。……か、ら」
「から? 何?」
下から少し抉るように角度を付けてグッと中に入ると、翔平は「あっ!」と言いながら軽く目を剥いた。そして、ふるふると震えながらも、自分で膝を抱え、俺に繋がっているところを見せつけるようにして膝を立てた。
思わず喉が鳴る。体ごと全部自分の中に閉じ込めてしまいたくなるほど、一つに溶け合いたくなる。俺を見上げる翔平の視線に理性を吹き飛ばされそうで、怖くなった。
「ちょ……どうした、翔平……」
「もっと、し……て」
その時、ふと気がついた。翔平の目には、少しの不安が見え隠れしている。そんなに不安になることがあっただろうか。俺が覚えている限りではなかったはずだ。
でも、俺は気が利かないし、デリカシーも無い。俺が気が付かないだけで、翔平が一人で悩んでいるなんてことは、頻繁にある。
「不安なのか? 何……」
翔平は俺の手首をギュッと掴んだ。触れ合ったところから、気持ちが流れ込んでくる。
『そ……、不安、だから……好きだって、伝えて』
鈍い俺にも、やっとわかった。翔平は今後に不安を抱えているようだった。
センチネルとガイドにケアが必須でなくなったことで、俺たちの繋がりがしっかり恋心であるという証明が欲しくなったみたいだ。ペアだから同棲するんじゃない、好きだからずっと一緒にいるんだということに自信が持てなくなっているようだった。
もちろん、俺が翔平と一緒にいるのは、好きだからに決まってる。でも、俺はそれを表すのが上手くない。ミッちゃんに言われて言葉に表すようになったのは、つい最近だからだ。
翔平は翔平なりに考えて悩んでいた。その不安から逃れるために、俺にして欲しいことがあるのもわかった。涙が流れるままに任せている翔平の目元を、そっと指で拭った。そして、頬に、目にキスをして、ゆっくり唇を合わせた。
「わかった。新しいベッドもあることだし、ぐっすり眠れるまで抱かせていただきます」
翔平は、俺のその言葉を聞くと、幸せそうに微笑んだ。
「お願いします」
俺はその笑顔を見て、胸がギュッと潰れそうなほどに膨らんだ思いがあることを実感した。だから、今度はそれをそのまま口に出した。
「好きだよ、翔平」
今度は間違えていなかったらしい。翔平は涙を流して笑うと、「愛してるよ、鉄平」と小さく呟いた。
◇◆◇
——……ィイン、キィイン……
「鉄平、電話だよ」
翔平がそう呟くと、廊下でスマホのバイブがなるのが聞こえ始めた。バッグを床に置いたままにしていたから、床材との衝撃でガーガー音が鳴っている。
でも、翔平はそのバイブ音がなる前に電波を拾う。だからいつも応答が早くて驚かされる。
「ん? んー、玄関に置きっぱなしだったから、取ってくる」
俺は立ち上がってそのまま玄関まで走った。そして、バッグの中で震え続けていたスマホを取り出すと、表示された名前を見て驚いてしまった。
「……涼陽 ?」
今は早朝四時だ。兄の涼陽 はとても真面目な人で、迷惑をかけるのをとても嫌う。こんな時間に俺に電話をしてくるなんて、よほど困っているのだろう。俺は迷いなく応答した。
「もしもし。どうしたの? 何かあった?」
『鉄平! 良かった、出てくれて。なあ、そっちに一未 行ってないか?』
電話の向こうの涼陽 は、とても動揺していた。真面目で努力家な兄の涼陽 は、仕事で失敗をしないために、日常的にメンタルコントロールをしている。
だから普段はいつ会っても、何が有っても、ほとんど感情が揺れることがない。それが理由で「あなたは冷たい」と振られたこともあるくらいに、徹底している。
それが、取り乱しているといっても足りないくらいに慌てていた。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて。一未 さんなら来てないよ。何、ケンカでもした? 友達のところとかは? マリッジブルーってやつじゃないの?」
涼陽 は、もうすぐ婚約者の鹿本一未さんと結婚する。結納も済ませて、もう入籍間近だ。そのくらいの時期に、精神的に不安定になってしまうことがあると何かで読んだことがあった俺は、思わず兄のことを揶揄ってしまった。
『違うんだ! いや、確かにそれもあるかも知れないけれど……そうじゃなくて、誘拐されたかも知れないんだよ! 助けてくれ! 一未 を探してくれないか?』
「……誘拐!?」
まだ薄暗い空の広がる春の早朝、玄関先で大声を上げた俺を心配して、翔平が部屋から出てきた。
「……何、どうした? 誘拐って、どう言うこと?」
翔平はオーバーサイズのTシャツだけを着て、ペタペタと歩いてくる。部屋から出た時は、まだ少し蕩けた顔をしていた。それでも、俺の表情を見てからは事態を察したらしく、キリッと表情を引き締めた。
そのままじっと一点を見据えている。まるで一緒にスピーカーで話しているように、涼陽 の言葉を拾っているのだろう。聴覚の解放をしてあげるほど、涼陽 を心配してくれていた。
「……鉄平、すぐ田崎さんに連絡入れよう。そこからは田崎さんの判断に任せて、俺たちは睡眠確保しよう」
そういって踵を返すと、寝室へと戻った。そこからバスっと布団に飛び込んで潜る音が聞こえてきた。
「涼陽 、一未 さんがどうしたのか調べてもらえるように田崎さんに連絡入れるから。会社からどう動いたらいいか指示もらうまで待ってて。それと、俺は現場対応するために今からしばらく眠るから。3時間だけ連絡入れないようにしてて。俺が眠ってる間、涼陽 を迎えに来てくれる人がいるはずだから、会社で話してて。ごめんね」
『探してくれるのか? わかった、じゃあVDSからの連絡を待ってるよ。しっかり眠れよ。じゃあな』
少し安心したらしい涼陽 は、あっさり電話を切った。それだけうちの会社は信頼されてるんだろう。あとは会社に連絡を入れるだけだ。そう思って田崎さんへ連絡を入れようとしていた時だった。
「……はい。どうしたんですか? 珍しいですね、俺に直接連絡して来るなんて……」
俺たちが置かれている事態を知っているであろう電話の主は、何度も修羅場を潜り抜けてきたからか、それほどのことはなんてことないと言わんばかりに、カラカラと豪快に笑っていた。
『おう、元気か? VDSの社長さまから俺が対応しろって雑な連絡もらったんだよ。鹿本一未 さんの件な。今から睡眠確保だろ? 五時間後に本家に来てもらえるか? それまでに準備はしておく。この話の出所は、おそらく政治的な問題だ。だからいつもよりも身辺に気をつけろ。いいな?』
久しぶりに聞く咲人さんの声は、相変わらず不遜で、でも愛らしかった。
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