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第41話 全部

◆◇◆ 「あっ……」  永心家から戻り、先に蒼に風呂に入ってもらって、俺は少しゆっくり一人で入らせてもらうことにした。蒼との繋がりは、夫夫としてのもので十分だと思っていたのに、そこに血の繋がりがあると知って、動揺が大きかったからだ。 「ん、……ぅ」  ただ、それは悪い意味でのものではなくて、むしろこう……興奮するというか、浮かれてしまうような動揺だ。激しく心が騒いで、どうしてもすぐに触れ合いたくなってしまった。  それでも、俺には準備がある。拒まれた日から、実は蒼とは一度もセックスをしていない。俺は高レベルセンチネルだから、一般的な現場をこなすだけなら、ケアは軽微なもので済むからだ。  ここ最近は、特にクラヴィーアがあるおかげで、ケア目的の接触もほとんどない。スキンシップはお互いに好意があるからするけれど、その先まで進むような余裕が無かった。  だから、準備が入念に必要だった。いつもなら、それでも一緒に風呂に入るかもしれない。でも、もう長いこと抱かれていない体を、明るい場所でまじまじと見られるのは、どうしても恥ずかしかった。 「は……ん、あの野郎っ」  俺がそう言うと、やけにあっさり引き下がったなと思ったんだ。先に上がって、待ってる間にコーヒー淹れておくねって言われたのもおかしいと思った。 「ああっ、だめ、だ……」 ——あのバスジェル入れやがったな、蒼め……。  会社でケアが苦痛にならないようにと、開発したバスジェル。翔平にプレゼントした時に、軽く苦情を言われるくらい効きが良かったらしい。これは、レベルに応じて効力が変わる。翔平は散々乱れたと鉄平から聞いていた。 ——いい子で待ってるんじゃ無かったのかよ……。  体を洗い始めてからすぐに、全身が甘く痺れ始めた。まずいと思ってシャワーで流そうとしただけで、「あんっ!」と大きな声を上げてしまった。きっとあれは、蒼にも聞こえたはずだ。  膝を擦り合わせながら耐えに耐え、ようやく体を洗い終わったと思ったら、先走りが止まらなくて立てなくなってしまった。観念して蒼を呼ぼうと思ったけれど、もう声も出せない。  口からは喘ぐ声しか溢れない。 「あ、ぅあ、あ……」  一人でどうにかしようと思い、あまりしたことが無いけれど、はち切れそうになっている中心に手を伸ばした。そこで、ふっと力が完全に抜けてしまい、シャンプーのボトルやシャワーヘッドを薙ぎ倒して、そのまま倒れてしまった。  その音を聞きつけて、蒼がバタバタと走ってきた。入ってきたら思いっきり文句を言ってやろうと思うのに、言葉を発することもできない。 「翠! ……翠! だいじょうぶ……あ!」  蒼も、まさかバスジェルの催淫効果で、俺が倒れるとは思っていなかったのだろう。慌てて俺を抱き起こそうとした。ただ、その手が体に触れた瞬間、蒼が着ているローブに向かって昂まりきった熱が逃げていった。  同時に、その強烈な感覚に声も引き摺り出される。長く濡れた声をあげる俺を見て、蒼もプツリと糸が切れたようだった。 「ごめん、待ってても仕方ないから、抱えていくよ!」  そう言われて思い切り抱き抱えられると、身体中から快楽の波に襲われた。身を捩っても捩ってもそれを逃すことができなくて、隣の寝室に着くまでに何度達したかわからない。  抱えられた体が揺れる衝撃に合わせて、先端からとめどなく欲が流れていった。 「ああああ、んっ、んっ! だめ、だめ、いき……できな……」 「降ろすよ」  そういうと、そっと俺を寝かせてくれた。見るからに、そーっと置いてくれたのがわかるのに、その刺激でもまだダラダラと色のない糸を垂らしていく。 「蒼、ばか……。も、いいから、助け、て」  いつも以上に熱くて濃い息が口から溢れて、久しぶりだからとゆっくりしたかった気持ちも全てが吹き飛んでいってしまった。もうとにかく早く挿れて欲しい。とにかく、蒼でいっぱいになりたい。 「ねえ、お願い」  今日もきっちりクラヴィーアを飲んだ俺は、ケアはほぼ必要がない。今欲しがっているのは、催淫効果のあるバスジェルのせいだ。そして、愛と恋焦がれる気持ちに、本当に赤い糸があったとわかったことへの興奮のせいだ。  俺は足を開いて、蒼を見つめた。俺をじっと見ている目を、俺しか見ていないその目を、もっと俺でいっぱいにしたいと思っていた。 「蒼。愛してるよ」  蒼はローブの紐をシュルシュルと抜きながら、俺に襲いかからないように欲を押さえつけていた。見下ろす目は、少しも俺の後孔から逸れる事はない。  顔も体も赤く染まっていく。口元を拭うと、ゆっくりと俺の唇に近づいてきた。  口先に、蒼の息が触れる。その奥にある柔らかい入口に触れたい。そして、中へと入って、ゆっくりと舌先を絡め合いたい。待っている間に気持ちはどんどん焦れていく。 「翠……」  チュウ、と音を立てて蒼が俺の唇を喰んだ。ゆっくりと優しく甘く喰まれ、離れるときの余韻さえ下腹を疼かせる。 ——離れないで、離したら嫌だ。  少しの距離もとりたくない。その思いが、涙になって現れていく。 「どうしたの?」  蒼の優しくて低い声は、短い息を漏らしながら話すと酷くセクシーだ。その声が響くたびに、また疼く。奥の方が、ひくひくと蠢いて、待ち切れなくて、また涙が流れる。 「……入って欲しい。ずっと待ってたんだ。あの、突き放された日から、ずっと」  俺の言葉を聞いて、蒼の目に光が揺れた。おそらく、自分が俺を突き放すところを思い出しているんだろう。その影響で、俺がアルビノ化した話も、田崎から聞いて知っている。罪悪感が目の奥に火を灯し始めた。  俺はたまらず、蒼の熱を握った。そこももう待てなくてしっとりと水気を帯びている。もう、理屈はいらない。俺は蒼と一緒にいたい。蒼も俺と一緒にいたいなら、それ以外に必要なものはない。  でも、きっと何かを言っても届かない。だから、とにかく触れてほしい。俺も、とにかく触れたい。そう思って、脱ぎかけているローブの襟を掴んで引き寄せた、そしてそのままくるりと回転させて、蒼の上に座った。 「もう待てない。俺が蒼をもらうからね」  そのまま熱を中へと迎え入れた。 「んっ」  繋がる瞬間に、蒼が甘い息を漏らした。それを聞いていると、それだけで俺の中心が跳ね上がってしまう。 「あ、ああ……」  奥まで繋げて、その先にある体にすうっと指を這わせていく。繋がりが解けないように気をつけて、蒼の体に自分の体を重ねて横たわった。体勢に無理があるけれど、全部が一つに混ざり合ったような気持ちになるから、俺はこれが好きだ。  蒼の胸に頬を擦り付けて、その香りを嗅いだ。鍛え上げられた体に口付けて、強く吸い上げる。この人は、この体は、この心は俺のものだと、強く思いを刻んでいく。 「あ……」  蒼の吐息と小さく聞こえる声に、胸が壊れそうなくらいに心音が高まる。その思いに身を任せて、俺は体を揺らした。 「あ、はっ……ん」  母さんが産んだ俺、母さんの妹が産んだ蒼。一番近くて、ギリギリ結婚できる存在。そして、俺のレベルに見合うガイド。俺を満たして、癒して、救ってくれる。俺の大好きな人。 「あ、あ、気持ちっ……んん」  愛しくてたまらなくて、それが気持ちいっていう言葉にしかならない。もっと何か言いたいけれど、それ以上の言葉を俺は知らない。 「翠。愛してる」  刹那げに目を細めながら、そこから涙を流しながら、蒼は何度も俺に「愛してる」と言った。激しくグラインドする俺の体を両手で支えて、上り詰めていく俺をしたから見上げている。  その手が、とても優しくて。俺に少しでも辛く当たったことを、どれほど後悔しているかという気持ちを流し込んでくる。 『ごめん、ごめんね。ごめん……』  そんなの、言われなくてもわかってる。ただ、知らなかった事を急に突きつけられて、ショックを受けただけだってわかってる。俺がたとえ各仕事をしていたとしても、それごと愛するのが蒼だって、嫌というほど知っている。  ただ、あの時は本当にお互いに余裕がなくて、だからすれ違った。俺もバカだから、真剣に捉えちゃって、あんなになるまで落ち込んじゃって。 「だいじょ……ぶ。わかって……る。あ、ああ、ン、ン」  本当に上り詰める寸前まできて、久しぶりすぎる弊害が出てきた。足が震え、力が抜ける。情けないことに、筋肉がついていかなくなっていた。 「あ、蒼、おねが……して、イキたいっ!」  逃せない熱が俺の脳を焼き切りそうになって、ボロボロと涙をこぼした。それを見た蒼が、何かに取り憑かれたように突然勢いよく突き上げ始めた。 「ああああ……んあああっ!」  ガツガツと叩きつけるように俺の腰を掴んだまま、自分の欲ごと俺の中へと突き進む。奥へ、奥へ、もっと奥へと入ってくる。俺はもう幾筋もの飛沫を巻き上げて、それでも蒼は止まらなかった。 「あっ、ひぁっ、い、いい」 「翠、愛してる、愛してるよ」  お互いにそれしか口に出来なくて、思いは全て体に託した。何度も何度も求め合って、声が枯れても、体が痛んでも抱き合った。  白み始めた夜空に、ふと気がつくとあの日のような白銀の満月が映っていた。あの日、絶望しながら見ていたあの月が、今は幸せの象徴のように思えて嬉しくなった。 ——ああ、幸せだ。  そう思った瞬間に、俺は大好きな香りのする腕の中で、がっくりと果てていった。 ◆◇◆ 「大丈夫?」  蒼は暑いからと言って、コーヒーに冷たい氷を浮かべてくれた。 「おう、サンキュー」  元々そうしようと思っていたらしく、濃いめに入れてあったコーヒーは、牛乳を足してカフェオレにしてもらって、さらにキャラメルシロップを入れてもらった。  それをゴクリと飲むと、喉元で冷たさが気持ちよかった。飲み下した後に、思わず「はあー」と声を漏らすと、蒼がニコニコと俺の方を見ていた。 「あーうまい。俺さ、ホテルとかいいカフェとかのコーヒーよりも、蒼が入れてくれたやつの方がうまいと思うんだよね」  俺がそういうと、蒼は嬉しそうに相好を崩した。そして、手の甲に口づけながら「ありがとう」と言ってくれる。その視線の先に、スマホが見えた。何かメッセージが入っていたようで、チカチカとライトが目に入る。 「蒼、ごめん。俺のスマホ取って。何かメッセージが来てる」 「ああ、あれね。田坂が亡くなったっていう知らせ。それと、その次に澪斗さんからもメッセージが入ってた。澪斗さん、田坂のお通夜行ったらしいよ。誰もいないって聞いたからって」  俺はその言葉が信じられず、「え、田坂のお通夜に行った? 一人で?」と聞き返した。すると、蒼は「うん。俺も驚いた。メッセージこれだよ」と、そのメッセージを表示して見せてくれた。 「あ、本当だ。え、なに、田坂の遺志を継ぐべきところもあるので、僕は議員を続けようと思います……。え!? そうか、まあ、よかったけれど、なんだか複雑だな」  蒼は「そうだよな」と言いながら、コーヒーを飲んだ。 「ただ、若い頃の事をすごくかってたから、そこを継ぎたいんだろうなっていうのはわかるよ。澪斗さんらしいと言えばそうだし」 「まあ、な。でも、俺には出来ないだろうな」  俺がそういうと、間髪を入れずに「だね。翠には無理だよ」と蒼は答えた。そのサラッとした返しになんとなく腹が立って「どういう意味だよ!」と言いながら、抱きついた。 「だって、翠は優しいけれどまっすぐだから。卑怯な手を使った人は、それなりに報いがあって当然だと思ってる。俺は翠のそういうところが好きだから。無くさないでほしいよ」 「それ、俺のことバカにしてる?」  俺がむくれながら問いかけると、髪をその長い指で優しく梳きながら抱きしめてくれた。そして、耳元で甘く囁いてくれる。 「してない。もししてたとしても、全部ひっくるめて翠が好き。もうそれは絶対に変わらないよ」  そう言って、ゆっくりと深いキスをくれた。

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