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第10話

 外に出ると、早速陽翔に海に入ろうと誘われたので断る理由もなかったため悠哉は頷いた。 「お前泳げないくせに大丈夫なのか?」 「足が付くところなら大丈夫だよ!」 「海を甘く見てると痛い目見るぞ」 「今から入ろうっていうのにそんなこと言わないでよ!」  陽翔は昔から運動全般が苦手だったため、もちろん水泳も得意ではなかった。そんな陽翔を悠哉はおちょくりながら波打ち際まで近づき水に触れると、冷たすぎて一瞬心臓がドキッとしたがしばらくするとその冷たさにも慣れて心地よくなってきた。 「ひゃー…冷たい…っ」と言いながら陽翔も足先だけ水に浸かりぴちゃぴちゃと水面を手で叩いている。水と戯れている陽翔の姿が無性にガキっぽくって、そんな陽翔の姿を見ていたら自分の中の悪戯心がむずむずと動き出そうとしていた。 「陽翔!足元にクラゲッ!!」 「えっ!?嘘っ!!」  悠哉が陽翔の足元を指差し声を上げると、案の定陽翔は慌て出す。すると、ツルッとバランスを崩してケツから大胆にコケてしまった。バシャーンッと水しぶきがこちらにもかかってしまったが、そんなこと気にするよりも尻もちをついた陽翔の姿がおかしくって悠哉は腹を抱えて笑った。  陽翔は尻もちをつきながら「クラゲっ、どこっ!?」と未だに悠哉の言ったことを馬鹿正直に信じている。 「ほんっとお前は馬鹿だな、嘘だよばか」 「嘘っ!?ひどいよ悠哉!!」 「こんなくだらない嘘に騙される方が悪い」  悠哉は陽翔の腕を掴みぐいっと引き上げると「もぉー、びしょびしょだよ」と文句を言われたが本気で怒っていないことが表情からわかった。  すると「随分と派手に転んだな」とサーフボードを手に持った難波、そして彰人がこちらに向かって歩いてくる。彰人も同様にサーフボードを脇に抱えており、その姿がずいぶんと様になっていた。 「二人ともサーフィン出来るんですか!?」  目をキラキラと輝かせた陽翔を見て「まぁな」と難波は得意げに答えた。 「俺は小さい頃からたまにやってたからな、でも彰人なんて俺が教えたその日にマスターしやがったんだぞ」  恨めしげに彰人に視線を送った難波に対して「お前の教え方が良かったんだ」とフォローした彰人はぐんぐんと先へ進んでいった。彰人のあとに難波も続き、あっという間に二人の姿は小さくなってしまった。 「あれ、何やってるんだろ?」 「ああ、パドリングだよ」  陽翔が二人の姿を見て不思議そうに悠哉に問いかけた。悠哉はボードの上にうつ伏せになった状態の二人を見ながら答える。 「ああやって腕を使って水面を漕いで移動してるんだ」 「へぇ、そうなんだ。悠哉詳しいんだね」 「テレビでやってたの覚えてただけだ」  以前テレビで見た何気ない知識をここで披露する事になるとは思ってなかった。しかしテレビで言っていたことが正しければサーフィンに慣れるまで結構の量練習が必要らしいのだが、難波の話によると彰人は一日でマスターしてしまったらしい。彰人自身運動全般は得意らしいのだが、どうやらそういった事に関してのセンスがずば抜けているみたいだ。 「あっ!悠哉見て!」  陽翔が海の方へと指差す。悠哉は陽翔の声に反応して指が指された方を見ると、大きな波が浅瀬へ向かって迫ってくるのが見えた。遠目でしっかり捉えることは出来ないが、彰人と難波がその波を利用しまるでダンスを楽しむかのようにサーフボードに乗りながら華麗なターンをキメていた。 「すごい…」  ゴクリと喉がなる。青い空の下、そして真っ青な海の上で波に乗る二人の姿から目が離せずに、二人が浅瀬へ戻ってくるまで悠哉はただ呆然とその姿を見ていた。 「久しぶりだったが結構いけるもんだな」 「本当だな、やっぱり身体が覚えてるんだな」  ボードから降り、悠哉たちのいるところまで戻ってきた二人はそれぞれ感想を口にしている。難波は濡れた前髪をかきあげながら「おっ、二人とも俺らの波乗りはどうだったよ?」と聞いてきた。 「すごいかっこよかったです!僕思わず見とれちゃいました!」  陽翔の素直な感想に難波は心底嬉しそうな顔で「ありがとな」と陽翔の髪をくしゃくしゃに撫で回した。 「陽翔もサーフィンやってみるか?」 「えっ、僕もですか?!いやいや、僕サーフィンとかやった事ないし無理ですよ」 「初めからできる奴なんていねぇよ、俺が教えてやるからさ」 「慶先輩…」  難波の提案に最初こそは断っていた陽翔だったが、結局は「分かりました…やってみます…!」と肯定の意を見せた。 「じゃあ俺たちあっちで練習してるから」 「ああ、分かった」  無言でいる悠哉のかわりに彰人が返事をすると、二人は少し離れた場所まで行ってしまった。 「表情が暗いぞ」 「…うるさい」  サーフボードを置き砂浜の上に腰を下ろした彰人が「お前もサーフィンやってみるか?」と誘ってきたが、とてもそんな気分になれなかったので「やらない」と悠哉は素っ気なく断る。 「そんなんじゃ陽翔のことを諦めるのも時間がかかりそうだな」  彰人に痛いところをつかれてしまい、悠哉は思わず黙ってしまう。先程の陽翔と難波のやり取りだって、目を背けてしまいたくなるほど嫉妬していたのだ。難波はサーフィンまで上手く、そんな難波の姿に見蕩れてしまっていた陽翔。仲の良い恋人同士にしか見えない二人の姿を視界に入れることが悠哉にとっては苦痛だった。 「お前は嫉妬ってする?」  悠哉は彰人の隣に腰を下ろし、太陽の下でキラキラと青く輝いている海を見ながらそう問いかけた。 「もちろんするに決まっているだろ、現に今もしてる」 「今も?」 「ああ、今お前の隣にいるのは俺なのに陽翔のことしか考えていないだろ?そりゃあ俺は面白くないさ」  ムッとした表情でそう口にした彰人見て、悠哉は思わず可愛いやつだなという感想を抱いた。いつもはすました顔をしている癖に、内心では面白くないと嫉妬しているのだろうか。 「そういえば、俺が風邪ひいた時も嫉妬してたよな。陽翔の名前だしたら急に機嫌悪くなって」 「あれはお前が急に陽翔の名前を出すからだろ」 「そんなに俺のこと好き…?」  悠哉は膝を抱えた状態で彰人の顔をのぞき込むように見つめた。純粋な疑問だった、そんなに嫉妬してしまうぐらい自分の事を好きでいてくれる事に。  すると、彰人は咄嗟に悠哉から顔を背け「お前は本当にタチが悪いな」と深いため息をついた。 「は?なんだよ」 「それ、わざとじゃないんだろ?無意識でやってるから尚更タチが悪い」  彰人は右手を顔に当て空を仰ぐように上を向き「はぁぁ~~」ともう一度ため息をついた。  意味がわからないままタチが悪いと言われなんだか悠哉は納得がいかなかった。俺が何をしたっていうんだ。  悠哉が文句を言おうとふと彰人の顔を見ると、真っ赤になっている彰人の耳が目に入った。 「…照れてる?」 「っ…、そうだよ照れて何が悪い」  図星だったようで、彰人の耳が先程よりも赤く色づいていく。いつもは余裕そうな表現を浮かべている男が耳を真っ赤にして照れている、そんな彰人の姿に悠哉は堪らず声を出して笑った。 「くっ…あはははっ、お前もそんな照れたりするんだな」 「そんなに笑うことないだろっ」 「だって、普段のポーカーフェイスからは考えられなくて」  目元に涙が浮かぶほど笑うとやっと笑いの波は落ち着いたようで一息つく。すると彰人に右腕をグイッと捕まれ、少し赤みがかっている彰人の姿が視界に入った。目の前の青い瞳がまるでキラキラと輝いている海のようだなと呑気な感想が悠哉の頭をよぎる。 「好きだよ。陽翔の名前を出す度に嫉妬してしまうぐらいお前のことが好きだ。それだけじゃない、上目遣いでこちらを見つめるお前の姿が可愛すぎて思わず直視出来ないぐらいお前のことが好きなんだ」  一ミリたりとも視線を外すことなく、彰人は小っ恥ずかしいことを口にした。いつものように冗談めいた口調で口説かれるのはもう慣れた、しかし真剣な表情で好きだと言われることには未だに慣れずにいた悠哉とって、今の状態は刺激が強すぎる。 「お前から聞いといてそんなに照れられてもこっちが困るんだが」  掴まれていた右腕を放されたため、悠哉はすぐに手を引っ込めた。まただ、この胸のざわめき、高まっていく体温、彰人を前にするとこのような症状が出てしまうのは何故なのだろうか。 「うるさい、お前もよくそんな恥ずかしいことを堂々と言えるよな」  砂浜の上に地べたで座っていためについてしまった砂を手で払いながら悠哉が立ち上がると「おーい!」と海の方から難波の声が聞こえた。 「お前らもこいよ!」  こちらに向け手を振っている難波と、サーフボードを抱え少し疲れた顔をしている陽翔が浅瀬へもどってくる。陽翔の様子を見るに、どうやらサーフィンはうまくいかなかったみたいだ。 「悠哉も泳いだらどうだ?」  立ち上がった彰人は、悠哉の背中を軽く叩いた。 「俺はいいからお前が行ってこいよ」  彰人の誘いを断った悠哉は水分を補給するため、レジャーシートの敷いてあるところまで戻ろうと彰人に背を向けた。悠哉に泳ぐ気がないとわかった彰人は「わかった、ひと泳ぎしてくる」と両腕を上げ体をぐっと伸ばし、難波の元へ行ってしまった。  レジャーシートの上に腰を下ろすとクーラーボックスの中から水をふたつ取り出し、彰人と入れ替わりで戻ってきた陽翔に投げつける。水を受け取った陽翔は一口飲むと「難しかったぁー」と悠哉の隣に腰を下ろした。 「その様子じゃ上手く出来なかったんだろ」 「はは、当たり。やっぱり僕には才能なかったみたい」 「運動音痴だもんな」  悠哉の言葉にムッと唇を尖らせた陽翔はもう一度水を口に運んだ。運動が苦手なことを陽翔自身、少し気にしているみたいだ。 「それより悠哉は海入らないの?」 「海に入ったって特にすることないだろ、お前だって泳げないんだし」 「僕は見てるから泳いでくればいいじゃん」 「…めんどくさいからやだ」  乗り気でない悠哉に対して陽翔は「じゃあさ」と言うと浜辺にしゃがみ込んだ。 「砂のお城作ろうよ」 「は?なんでそんなガキみたいなこと」  陽翔はさらさらとした砂を手に取ると砂をかき集め山を作り始めた。そんな陽翔の姿を眺めていたら、昔の光景が蘇ってくる。  小学生の頃、今みたいに陽翔が砂のお城を作ろうと誘ってきたことがあった。そんなガキみたいなことやらないと断った悠哉を他所に、一人で黙々と陽翔は手を動かしていた。不器用な陽翔が作っていたものはとてもじゃないが城とは呼べない代物で、つい悠哉も手を出してしまい結局は二人で砂のお城を完成させた。  そんな昔の記憶を思い出していたら、いつの間にか砂の城は出来始めているようで、そこそこデカい山が出来上がっていた。しかし、目の前の砂の山は城とは程遠く不格好な仕上がりになっている。 「昔と変わらず下手くそだな」 「ゔっ…あの頃よりは上手いはずだから!」  陽翔はそう言っているが、あの頃から全然成長していない陽翔の創作センスに悠哉は見ていられなくなり、手を伸ばした。砂に触れ形を作っていくと「悠哉ってほんと器用だよね」と陽翔に感心される。お前が不器用なだけだろ、とは口には出さずに砂を固めては形を作る。  陽翔と二人、何気ない時間が今では懐かしく思えてしまいなんだか胸がきゅっと切なく疼いた。前まで当たり前だった日常がだんだんと昔のことになっていき、見慣れた景色も思い出となってしまうのだろうか、と悠哉の心は寂しく疼いた。

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