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第11話
泳げない陽翔と泳ぐ気がない悠哉は、あれから海に入ることなく砂いじりに没頭していた。そんな二人に半ば呆れていた難波の提案で昼からは別荘の中で過ごすことになった。
別荘のリビングにはテレビ、そしてゲーム機まであるということにはこの際驚かない。準備がいいことに難波がゲームソフトを持ち込んでおり、四人で対戦しようと言い出した。しかしただ対戦するだけでは面白くないということで、某レースゲームで夜ご飯の買い出し二人を決めることになった。
結果として、陽翔、そして彰人が買い出しへ行くことに決まった。悠哉は幼い頃からゲームはそこそこやっており、よく陽翔をボコボコにしていたため難波の次に成績が良かった。そして意外なことに彰人が壊滅的にゲームが下手だった。陽翔も上手い方ではないはずなのだが、陽翔よりも成績が悪くコントローラーの握り方もなんだか不格好で結果最下位。なんでも出来そうな彰人にも苦手なものもあるんだなと悠哉は感心してしまう。
「じゃあ俺と陽翔が買い出しだな」
そう言って立ち上がった彰人に「ちょっと待て、俺が行く」と悠哉は反論した。このままでは難波と二人きりになってしまう。この状況をどうにかしなければならない。
「ゲームに負けたやつが行くっていうルールだったろ?」
「…そうだけど」
言葉に詰まってしまった悠哉に対して彰人は顔を近づけコソッと耳打ちで「そんなに慶のことを怖がらなくても大丈夫だ」と言ってきた。どうやら彰人は悠哉が難波と二人きりになるのを避けようとしていることを察しているようだった。それなら買い出しを変わってくれてもいいのに、と悠哉は彰人を睨みつける。
結局彰人と陽翔は買い出しに行ってしまい、部屋には悠哉と難波の二人になってしまった。今更難波と二人になっても話すことなどなかった悠哉はスマホを手に取り自分の部屋へ戻ろうとした。
「悠哉って陽翔のこと諦めたのか?」
ゲームを片付けていた難波は手を止め、悠哉に問いかけた。突然の難波の発言にドキッと悠哉は心臓は脈打った。鋭い瞳で見つめられ、息が詰まったように立ちすくむ。
難波は顔色を変えることなく悠哉が口を開くまでただじっと待っている。
「…なんのことですか」
「とぼけるなよ、お前が陽翔のことを好きだって俺が気づいてないとでも思ってたのか」
「…っ」
冷ややかな難波の声色に身体が萎縮してしまい悠哉は一歩後ずさった。
難波が自分の陽翔への気持ちに気づいていたことに、悠哉は軽くショックを受けた。俺の気持ちを知りながら今日この場を過ごしていたなんて悪趣味がすぎる、と 難波への嫌悪が溜まっていく。
「俺の気持ち知りながら陽翔とイチャついていい気分でいたんですか?性格悪ぃですね」
「何言ってんだ、そもそもお前を誘ったのは陽翔だぞ?俺はそんなつもりない」
「じゃあわざわざ今言わなくても良くないですか?あんたにその気がなかったとしても、俺はあんたが陽翔との仲を見せつけてるようにしか見えなくなります」
悠哉が吐き捨てるように言い放つと、難波は顔色を変え悠哉を嘲笑うように「はっ」と鼻で笑った。
「陽翔との仲を見せつける、ねぇ。見せつけられてるのは俺の方なんだけどな」
「は?どういう意味ですか…?」
難波の言っていることの意味が悠哉にはわからず聞き返す。悠哉は難波が何を言いたいのか全く理解出来ずにいた。
「陽翔はいつも悠哉のことを優先するんだ、今日だってお前と一緒にいた時間の方が長かった。あいつは無意識だろうけどな、まったく羨ましいよ」
「羨ましい?それは陽翔と恋人同士になれなかった俺に対する皮肉ですか?」
羨ましいと言った難波の言葉に悠哉の眉がピクリとつり上がる。陽翔と恋人という間柄の難波から羨ましいなんてことを言われるなんて、こちらとしては嫌味にしか聞こえなかった。
「おいそんなに怖い顔すんなよ、別にお前と喧嘩したい訳じゃないんだ。話は逸れたが俺はお前の本当の気持ちが知りたいからこの話をしてるんだよ」
「俺の本当の気持ち?そんなこと知ってどうするんですか」
「正直今のお前を見てるとイラついてくるんだ。陽翔に対してどっちつかずな態度をとって結局は陽翔とどうなりたいのかが分からない」
難波は呆れたような態度で、これみよがしに息を吐いた。
「は…?どっちつかずな態度って…イラつきたいのはこっちのほうだろ、さっきからあんたは俺を怒らせようとしてるのか?」
難波の言葉に悠哉はだんだんと腹が立っていき、ついには敬語すら忘れてしまうほど自分自身の感情が昂っていることに気がついた。
「俺は陽翔に対してどっちつかずの態度なんてとってるつもりはない、陽翔への想いだって必死で諦めようとしてるのに…なんだよあんたは俺に陽翔が取られるのが怖いのか?」
「まぁ、それもあるかもな。でもお前に陽翔を幸せには出来ない、陽翔に対して曖昧な感情を抱いてる時点でな」
カッと胸の内側が熱くなっていく。じりじりとした怒りに勢いよくバンッと机に手をつき「ふざけんなっ」と悠哉は叫んだ。
「お前に俺の何がわかんだよっ!!陽翔の事だってろくに知らないようなやつにそんなこと言われる筋合いはないっ…!」
自分には陽翔を幸せにしてやることは出来ない、そんなこと分かってた。分かっているのに陽翔と離れたくないという自分勝手な気持ちが優先してしまっている。難波の言うように陽翔に対して曖昧な気持ちを抱いてしまっている。しかしそれを難波に指摘されたことによって、胸の内側にあるぐちゃぐちゃとした感情がどんどん溢れてしまい悠哉は感情を上手くコントロール出来なくなってしまった。だんだんと視界がぼやけていき、瞬きをした瞬間悠哉の瞳から大粒の涙が頬を伝っていく。
「…!?おい!泣くほどのことかよ!?」
「うっさい…っ」
難波の前で泣くなんてみっともない姿見せたくないはずなのに、涙は止まることなくボロボロと悠哉の目から溢れ続ける。
泣き止まない悠哉に「あー、もうっ」と困ったように頭を掻いている難波はポケットからハンカチを取り出すと悠哉の涙を拭ってきた。
「…っ!?なにすんだよっ…!」
「なにってお前が一向に泣き止まないから拭いてやってるんだろ。泣かれた原因は俺にあるんだし、このまま泣かれても困るし」
「離せよ…っ」と難波の手を払い、悠哉は自分の腕でグイッと目元を拭った。
「あんたなんか大嫌いだ」
悠哉は吐き捨てるように言い残すと、階段を駆け足で上り自分の部屋へと逃げ込んだ。去り際、難波が何か言っていたようだったが悠哉の耳に届くことはなかった。
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