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番外編7

「ええっ…!気をつけなよほんと!」 「分かってるって、あの日はたまたまボーッとしてたんだ」  悠哉の後ろの席で教科書類を整理していた陽翔は、悠哉の話を聞くなりその特徴的な大きな瞳を丸めた。信号無視のトラックと衝突しそうになったが見ず知らずの男に助けられた、という一昨日の話を世間話のごとく陽翔へと話した悠哉だったが「ボーッとしてるって…悠哉は結構そういうところあるんだから本当に気をつけてよねっ!」と念入りに説教を受けてしまい話したことを後悔した。それと同時に彰人に話さなくて良かったと悠哉は自身の選択にホッと安堵した。彰人からも説教を受けては溜まったものでは無い。  暫くするとチャイムの音と共に担任が教室へと入ってきた。普段通りホームルームが進む中、担任は思い出したかのように「おっ、そうだそうだ。今日から一ヶ月、教育実習生がうちのクラスに来るからお前らよろしくな」と口にした。  教育実習、教師の卵とも言える学生達が教員免許を取得するために実際に教師としての実習に取り組む事であり、学生達と歳も近く身近な距離感にあるため生徒達からの注目度もかなり高い。そんな教育実習生の話題に生徒達が食いつかないはずもなく「教育実習生!?男の人ですか?!」「イケメンですか!」などと様々な声が上がった。 「お前らテンション高いなぁ、かなりイケメンな先生だぞ。じゃあ椿先生、入ってください」  すると、扉がガラリと開き一人の男性が教室へと入ってきた。教育実習生などに微塵も興味がなかった悠哉だったが、男の顔を見た途端ハッと頭が覚醒していく感覚に目を見開く。 「初めまして、椿です。今日から一ヶ月お世話になります、よろしくお願いします」  男がぺこりと頭を下げると「めちゃくちゃかっこいい!」「やば…っイケメンじゃん…」と女子生徒から歓声が上がった。そこまで高くない背丈に細身の身体、後ろに上げられた前髪は男に爽やかな印象を抱かせた。そして甘いマスクで生徒達を見つめるその姿が、なんといっても魅力的であった。 「お前ら椿先生がかっこいいからって俺の言う事も聞くんだぞ、じゃあ号令ー」  号令が終わると、一瞬にして椿の周りに生徒達が集まっていく。 「椿先生すごい人気だね、まぁかっこいいから仕方ないかぁ」   悠哉の席の隣へと立った陽翔は、教卓の前で女子生徒達に囲まれている椿を見つめ感心するように口にした。しかし悠哉から何も反応がないことに不審に思ったのか「悠哉?どうしたの?」と陽翔は悠哉へと問いかけた。 「あの人…一昨日俺を助けてくれた人だ」 「ええ…っ!?」  悠哉は再度椿の姿を確認するが、間違いなかった。椿は悠哉がトラックと衝突しそうになった時に助けてくれた男本人であった。一昨日の出来事でありまだ記憶に新しいため見間違いという訳では無いだろう。なんという偶然なんだ、と悠哉は唖然とするしかなかった。 「すごい偶然だね、こんな事あるんだぁ」  すっかりと感心しきっている陽翔を横目に、椿の姿を目に捉えたまま悠哉は頬杖をついた。  しかし悠哉が椿と話すタイミングなどなく、あっという間に一日が過ぎていった。椿本人が悠哉の事を覚えているかさえ定かではない、ただ助けた学生の顔など覚えておらず、悠哉は助けられた側だからこそ覚えていられた可能性だってあった。  かくいう悠哉自身もこれといって特にアクションを起こす気にもなれなかった。すっかり女子生徒に人気で常に周りに人が寄っている椿に近づく気にもなれず、話しかけようとする事すら頭の中から消えていた。 「じゃあ僕部活行ってくるね」 「ああ」  部活へと行ってしまった陽翔の後ろ姿を見つめながら悠哉はしばしば迫ってくる尿意に席を立った。  事を済ました悠哉がトイレから出ると、偶然にもトイレの前を通りかかった椿と目が合った。突然の事で固まってしまった悠哉とは違い、椿はぱっと笑顔を見せると「涼井、だよね?」と悠哉へと問いかけた。 「は、はい」 「俺の事覚えてる?一昨日君を助けたんだけど」 「覚えてます、先日はありがとうございました」  悠哉は改めて椿への感謝の気持ちを伝えた。やはり椿も悠哉のことを覚えていた様子だ。 「いやー、それにしても偶然だよね。一昨日助けた子がまさかこの学校に、しかも俺が担当するクラスにいるなんて思わなかったよ」 「俺も驚きました。こんな偶然あるんですね」  爽やかな笑みがとても印象的な椿は、男の悠哉から見てもモテるだろうなという感想を抱いた。彰人のような超人離れした容姿をしている訳では無いのだが、親しみやすい椿の雰囲気が男女問わず人を寄せ付けるのだろうと思った。 「涼井はこれから部活?」 「いえ、俺帰宅部なんでもう帰るところです」 「そうなんだ。不躾で申し訳ないんだけど…涼井さえ良ければ校舎を案内してくれないかな…?」 「えっ?俺がですか?」  校舎を案内してほしいという椿の頼みに、悠哉は何故俺がと少し面倒くさい気持ちを抱える。校舎案内の一つや二つ女子生徒に頼めば喜んで引き受けてくれるだろうに、何故自分なのだろうか。悠哉が迷っていると「ほら、一昨日助けたお礼だと思ってさ」と椿は指を立てた。そこを突かれては頷くしかなかった、現に一昨日助けられた礼の一つも出来ていないのだから、断ることは難しい。 「はぁ…分かりました」  悠哉が渋々受け入れると、椿は頬を緩め「ありがとう、貴重な男子高校生の放課後を借りちゃって悪いね」と冗談めかして微笑んだ。 「そう思うなら最初から頼まないでくださいよ」 「ははっ、涼井お前素直だな」  吹き出すように笑った椿に、軽く頭を撫でられる。何だか子供扱いを受けているようで悠哉は腑に落ちなかった。教育実習生と生徒という立場で大人子供の関係が成立するのかもしれないが、教育実習生といってもまだ学生みたいなものだろう。納得のいかない気持ちで「ほら、行きますよ」と悠哉は椿の手を軽く払った。  数十分程度だろうか、ざっと校舎内を案内しているうちに徐々に椿の人柄が掴めたような気がした。椿は親しみやすい態度で接してくれ、まるで先輩や同級生と話しているような感覚だった。先生と生徒のような堅苦しい関係ではなく、軽い感覚で接してくれている椿に悠哉も打ち解けやすかった。 「やっぱり教師になるのが夢なんですか?」  何気なく質問を投げかけた悠哉に、椿は「いや?」と即座に否定した。 「えっ?じゃあなんで教育実習なんてやってるんすか」 「いやー、教職持ってると色々幅が広がるからさ。まぁ就活で教師も視野に入れてるけど夢って訳では無いな。実際やりたい事もまだ決めてないし結構適当に生きてるんだよね」  さらっと答えた椿に、悠哉は呆れるように「そんな事生徒に言ってもいいんですか」と言った。 「はは、駄目だろうね。だからこの話は内緒ね」  悠哉はため息混じりに「はぁ…」と相槌を打つ。まさか教師を目指してもいないのに教育実習として研修に来ているなんて思ってもみなかった。生徒からも好かれているし教師という職業は椿にとってとても似合っていると悠哉は感じていたが、本人はそれほど本気ではないらしい。 「涼井は何かやりたい事ないの?今から決めておいた方がいいよ、ほら、こういうどうしようも無い大人にならないうちにさ」  まるで自分自身を卑下するかのような椿の物言いに、悠哉は思わず「どうしようも無くはないでしょ」と反論した。 「俺だってやりたい事なんてないですよ。それにあんたは一応教職取ろうと行動してんだから、やりたい事すら決まってない俺があんたを事馬鹿には出来ないですよ」  悠哉はあくまで正直に答えた。悠哉自身やりたい事も無ければ将来の設計など全くもって見えていない、そして特に行動に移すこともしていなかった。そのため何かしらアクションを起こしている椿の方が特段立派であり、どうしようもない大人とは思えなかった。 「優しいんだね」 「は?」  ふっと口元を緩めた椿は「君は立派な大人になるよ」と言った。その表情はとても大人びており、何故か寂しさを感じるようだった。  

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