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番外編7

 次の日、普段と変わらず悠哉と共に登校したが、やはり悠哉の様子はどこか変であった。椿について詮索することはしなかったが、口数も少なく表情も暗い、明らかに不機嫌であった。顔や態度に出やすい悠哉の機嫌の善し悪しを判断することは彰人にとっては容易であり、昨日の椿の事について不満があるのだろうと予想した。  それにしても厄介な事になった。まさか椿が教育実習生として彰人の通っている学校へと来るなど誰が想像出来るだろうか。二度と会うことはないと思っていただけに、彰人は動揺せずにはいられなかった。   「おい、今日のお前どうした?」  慶の呆れたような指摘に、彰人は今日一日を振り返ってみるが見事にため息しか出なかった。椿との再会は彰人本人が思っていたより彰人自身に影響をもたらしてしまったようで、今日一日自分でも自覚してしまうほど酷いものであった。 「よく物に当たるは全く人の話は聞かないは、変すぎるぞ」 「お前に言われなくても自覚してる」 「どうせまた悠哉絡みなんだろ、何があったんだよ」  お見通しだというように呆れた視線を向けた慶に、催促されるように彰人は仕方なく口を開いた。 「悠哉達のクラスに教育実習生が来たことは知ってるか?」 「ん?ああ、そういえば陽翔がそんな事言ってたな。なんでも女子生徒に人気でモテまくってるって」 「実はその教育実習の男と俺は同じ施設だったんだ」  彰人が真実を話すやいなや「おおっ…っまじかっ?!」と慶は予想通りのリアクションを見せた。 「そんな偶然あるんだな。あっ、もしかしてその男って例の初恋相手だったりするのか?」  慶はこの先彰人が何を話すのか予知していたかのように、まんまと確信的な部分を言い当てて見せた。動揺を隠せずに「お前は本当に勘がいいな…」と彰人は素直に感心してしまった。 「うおっ、すげーな。何年ぶりの再会ってやつか?」 「まぁそうなるな」 「それで初恋相手の存在が悠哉にバレたからどうしようって焦ってんのか?」  小首を傾げた慶に「いや…違う」と彰人は小さく答えた。 「悠哉にはあの人のことは覚えていないと嘘をついた、だけどあいつには俺の嘘なんかバレてるってことぐらい分かってる。現に悠哉の機嫌が悪いし、俺が嘘をついたことに納得いってないんだろう」  悠哉は真っ直ぐとした男だ、そのため嘘のような類は大嫌いであり、椿の事を覚えていないと言った彰人の発言をかなり根に持っているに違いなかった。それでも彰人が嘘をついているという確証もないため、彰人には何も言えず一人不満を抱えたままモヤモヤとしているのだろう。 「それで悠哉とギクシャクして今日一日お前の様子がおかしかったわけか。でも嘘までついて悠哉には知られたくないことなのかよ、初恋相手なんて過去の話なんだから悠哉だって気にしないだろ?なんなら施設が一緒だったって正直に話せばいいだけで初恋相手だったなんて言わなきゃいい話だし、なんでわざわざ嘘なんてついたんだよ」  親友の鋭い瞳は、まさに彰人を刺すようだった。慶の言い分は正しすぎるほどであり、わざわざ嘘をつくような事でもない。それでも彰人は悠哉には知られる訳にはいかなった。自身の過去の過ちを、決して許されることの無い罪を知られる恐怖から逃れるために、嘘をつかずにはいられなかったのだ。 「お前の言っている事は正しいよ、だけど俺は嘘をついてまでも悠哉には知られたくはないんだ」 「…そうかよ、何があったかは知らんが悠哉なら受け止めてくれると思うけどな」  慶なりの優しさなのだろう、そう言って立ち上がり自身の席へ戻って行った慶を横目で見ながらも、彰人の解消されることの無い焦燥感は残り続けていた。 「あっ、彰人っ」  彰人はその声に反射的に足を止めるが、すぐに止めた足を進めその場を去ろうとした。 「ちょっと待って…っ!職員室まで連れて行ってほしいだけだから!」  彰人の腕を掴んだ椿は申し訳なさそうに眉を下げつつ「俺ともう関わりたくないのは分かるけど、緊急事態なんだ頼む」と懇願した。そんな椿の姿に嫌でも昔を思い出した彰人は、最悪だと顔を顰めながらも「相変わらず方向音痴なんですね」とため息をついた。  昼休みである今現在、「今日は一人でメシを食え」という何とも無情な悠哉からのメッセージが送られており、彰人は仕方なく一人中庭で昼飯を食べていた。そして教室へ戻ろうとしたタイミングで椿に呼び止められた。もう少し早く戻っていればよかった、そもそも中庭などに来なければよかったと後悔するが、現状を変えることは出来ない。彰人は恐らく道に迷ったのであろう椿を職員室まで連れていくことにした。 「いやー、悪いね。この学校の校舎は造りが複雑で困るよほんと」 「そんな事ないと思いますけどね」  彰人は気まずい感情を抱えたまま、足を進めていた。恐らく陽翔と自身の教室で昼食を共にしている悠哉に目撃されることはないだろうが、万が一もあり落ち着かなった。しかし悠哉に見付かってしまう不安の他に、数年ぶりに出会った椿へどう接していいかというもどかしさもあった。見送りすらしなかった無情な自分のことなど、今更椿は何も思っていない。そんなこと分かりきっていても、自分の犯した過ちが消えずまともに椿の顔さえ見れない。 「なぁ、彰人。あの時は悪かったな」  突然立ち止まった椿に、彰人もつられて足を止めた。 「…何がですか?」 「まだ十四で若かったお前を色々翻弄させてさ、俺もあの時は若かったからって…完全な言い訳だけどさ、付き合う気もないのに中途半端に相手にして結局は傷つけて、ほんとごめんな」  汐らしく謝った椿に、彰人は喉の奥から絞り出すように「なんで貴方が謝るんですか…?」と声を出した。 「なんでって…俺はお前の好意を無下にしたんだ。好意を向けられて駄目だって分かってたのに完全に無視することが出来なかった。ずっと謝りたかったんだ、もう一生会えないと思ってたからまた会えて俺は嬉しいよ」  そう言ってあの時と変わることの無い大人びた笑みを浮かべた椿に、彰人は堪らず口を開いた。 「あんたは何も謝るような事はしてないだろ…?!俺がガキ過ぎたんです…それに謝るのは俺の方だ…」 「そうだな彰人…あの時のお前はまだ幼すぎるほどのガキで、そんなお前にあんなものまで見せて俺は本当に不甲斐ないよ」  「あんなもの」という言葉に、彰人の背筋に凍るような寒気が走った。まさか、いや、そのまさかだ、彰人の脳裏に決してあってはならない想像が過ぎった。 「あの時…俺が見てたことに…気がついてたんですか…?」  自分でも驚くほど震えていた彰人の声に、椿は「うん」とゆっくり頷いた。 「その時は誰かに見られてるってことしか分からなかったけど、あれからお前の態度が極端に変わったからあの時見てたのは彰人だったんだって気づいたんだ。あんな姿見られて軽蔑されたってすぐに分かったよ」  彰人は言葉が出てこなかった。まるで頭の中が真っ白になったかのように何も考えられず、ただ呆然と立ちすくむ。  椿に気づかれていた、あの現場を目撃していたことを。その事実に鈍器で強く殴られたように頭が揺れる。 「ごめん、あんなもの見せられて相当ショックを受けただろ?本当にごめん」  ただただ謝罪する椿に、彰人は困惑するようにやっと口を開いた。 「違う、あんたが謝ることじゃない…俺はあの時襲われてる貴方を見ておきながら何もせずその場から去ったですよ…?それに俺以外の男と関係を持っている貴方が憎くて…貴方が被害者だってことすら頭になかった…っ、俺は大馬鹿野郎なんです、謝るのは俺の方だ…っ」  彰人は堪らず、縋り付くように椿の肩を掴む。「彰人は優しいな」と優しく彰人の頭を撫でた椿は、あの頃の優しく誰よりも尊敬していた椿そのものであった。 「そうか、お前はそんなことを思ってくれてたんだ。だけどお前が気にすることじゃないし、そんなに俺の事を想ってくれてたって知れただけですごい嬉しいよ、ありかとな」  彰人を安心させるようなその笑みは数年前と何一つ変わりはなく、彰人が惚れた男の笑みであった。

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