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1-20 六人の皇子

 謁見の間へ着くと、同じように呼び出されたのだろうか、すでに兄たちが何人か待機していた。呼び出した張本人である大王はまだ玉座にはおらず、兄たちもバラバラの位置に立っていた。  謁見の間は大王の住む宮殿の中では狭い方の建物だが、本来は簡単な会合をしたり報告をする場所である。ここに数十人集まっても余るくらい十分な広さがあり、等間隔で天井に伸びている赤い円状の太い柱が目立つ。  扉から真っすぐ伸びた通路と広間の先に三段ほどの段差があり、その一番上に立派な造りの玉座がどんと置かれているのだ。玉座の真上の天上から垂れ下がっている、金の糸で縁取りがされた黒い垂れ幕も印象的だ。  先に集まっていたのは、第一皇子の玖朧(ジゥロン)、第二皇子の憂青(ヨウチン)、第六皇子の黄夏(ファンシァ)の三人だった。それぞれが漆黒、薄青、淡黄の羽織を白い衣の上に纏っており、色分けされている為すぐに見分けがつく。  玖朧(ジゥロン)は見た目は二十代後半くらいの青年の姿で、鋭い赤い眼と冷淡そうな顔つきが特徴的。長い黒髪は上の方だけ頭の上で纏めて銀の装飾が付いた冠で括っており、あとは背中に垂らしていた。  秀麗で聡明そうな面立ちで、すべてにおいて完璧な、まさにお手本のような存在。部下からの信頼も厚く、武芸にも秀でているため、なんでもできる印象がある。むしろ、できないことは"笑う"ことくらいではないだろうか?  常に不機嫌そうなのは憂青(ヨウチン)。薄青の羽織を纏う、第二皇子。愛想が悪いのは玖朧(ジゥロン)といい勝負だが、このふたりは意外と仲が良い。お互いにあまり言葉を交わす必要がないからだろうか?藍玉(ランユー)はまともな会話をした記憶がない。  黒髪を頭の天辺で括っており、玖朧(ジゥロン)よりは少しだけ背が低く細身で、武芸よりは術に長けている。青い瞳は氷のようで、こちらも冷たいという印象しかない。この兄はたまに笑うが、子供が逃げ出すような冷笑だ。  その美しい顔に浮かぶそれはまるで人形のようで、より恐ろしく見えるのだ。見た目の年齢も玖朧(ジゥロン)とさほど変わらない。  黄夏(ファンシァ)藍玉(ランユー)よりも十年くらい早く生まれた第六皇子で、一緒にいるふたりにしてみればだいぶ年の離れた弟である。淡黄の羽織を纏う彼は、藍玉(ランユー)と同じくらいに見えなくもない童顔で、背も低い。  十二歳くらいの少年の姿で、金色の大きな瞳。可愛らしい顔をしているが、口がすごく悪い。我が儘な性格で、よく藍玉(ランユー)に嫌みを言ってくる。  綺麗に切り揃えられた肩までの長さの髪の毛はそのままで、右側の耳だけ出しており、その耳に飾られている金の環の耳飾りが、余計に目立つ。  謁見の間に現れた藍玉(ランユー)に対して、玖朧(ジゥロン)憂青(ヨウチン)は無関心で、一瞬だけ目が合ったがすぐに視線を外されてしまった。 「藍玉(ランユー)夜鈴(イーリン)様がご病気だって?やっぱり人間の血が混ざってると身体も貧弱だよね。お前もそのさらに半分人間の血が混ざってるわけだから、せいぜい気を付けなよ?」 「心配してくれてありがとう、黄夏(ファンシァ)兄上!」  藍玉(ランユー)は嫌みとわかっていて、あえて明るい声で礼を言う。すると案の定、黄夏(ファンシァ)は馬鹿にしたように鼻で笑い、その可愛らしい顔を歪ませた。 「ホント、馬鹿な奴。嫌味に決まってるだろ?誰がお前なんて心配するか」 「そうなの?でもありがとう、教えてくれて!」  それに対して、にこにこと満面の笑顔で、藍玉(ランユー)は腕を前で囲い、丁寧に頭を下げて礼を言い、黄夏(ファンシァ)の正面で首を傾げた。 「そんな奴を相手にするな、時間の無駄だ」  憂青(ヨウチン)は抑揚のない声で、そのやり取りをさっさと止めるように促す。黄夏(ファンシァ)は頬を膨らませ、ふんと腰に手を当てて藍玉(ランユー)に背を向けた。それを確認して腕を解くと、藍玉(ランユー)は我関せずと全く違う方向を向いている玖朧(ジゥロン)をちらりと覗き見る。 (このふたりは玖朧(ジゥロン)兄上に従順な上に、結束も固い。ここが訣別することはまずないだろうね、)  彼らとは反対側の柱に寄りかかり、暇を弄ぶようにしばらく兄たちを観察していたら、再び扉が開いた。その瞬間、空間にピリッと緊張感が生まれる。藍玉(ランユー)はその不穏な空気を齎した張本人に対して、込み上げてくるものをぐっと抑える。  桃李(タオリー)が亡くなったあの事件以来、三年間牢に幽閉されており、公の場には姿を現すことがなかったその者は、何事もなかったかのように平然とそこにいた。第四皇子、梓楽(ズーラ)。しかも幽閉の禁が解かれたそのすぐ後に、藍玉(ランユー)が足を運んでいた村を焼き、大勢の人間や道士を殺した。 「あは。なになに?そんなに見つめんなって。俺に逢えてそんなに嬉しい?可愛い~なぁ、虐めたくなるじゃん」  自分でも無意識に梓楽(ズーラ)を睨んでいたことに気付き、藍玉(ランユー)は黒い衣の袖の下でぐっと爪が食い込むくらい拳を握り締めると、表情をぱっと変えて見せる。狂気じみた赤い瞳と、憎しみの色を消した澄んだ赤い瞳が重なる。 「梓楽(ズーラ)兄上に虐められたら、怖いな。冗談でも止めてよね」  そんなふたりのやり取りなど無視して、黄夏(ファンシァ)が嫌みを込めて梓楽(ズーラ)に拱手礼をし、頭を下げた。 「梓楽(ズーラ)兄上、ご健勝でなりよりです。牢での生活はさぞ窮屈でつまらなかったでしょう?早々に人間の村を焼いたと聞きました。道士諸共皆殺しとは、容赦がないですね」 「まあね~。でも俺もぬるいことしたなって思うよ?皆殺しにはしてないから。仲良しこよしの気持ち悪い兄弟の片割れを、見逃してあげたんだぁ。これって命令違反?別にいいよね、一匹くらい」  あははと笑いながら、梓楽(ズーラ)は肩を竦めて自慢するようになぜか藍玉(ランユー)に問いかける。  あの村が、藍玉(ランユー)が通っていた村だと知った上であのような酷い仕打ちをしたのだろうか。それとも本当にただの命令で、たまたまあの村を襲ったのか。  追求したい気持ちが強かったが、それをすれば逆に問われるだろう。なぜ人間を庇うような発言をするのか、と。  漆黒の衣を纏う、狂気を秘めた美しい顔立ちの青年、梓楽(ズーラ)。長い黒髪を緩く三つ編みにして背中に垂らしており、憂青(ヨウチン)よりも若く見える容貌だが、その終始ひとを馬鹿にしたような話し方が鼻に付く。 「いい加減にしろ。少しは自重したらどうだ?貴様の愚かな行いで、桃李(タオリー)は自ら命を絶ったのだ。たった三年の幽閉程度で、その性根がどうにかなるなど期待はしていなかったが、」  ずっと黙っていた玖朧(ジゥロン)が、その場にいる者が思っていたことを代弁するように言い放つ。しかし、梓楽(ズーラ)は「あ~怖い怖い」とふざけた口調で挑発するように、舌を出して笑った。  それには本当に呆れ果てたのか、玖朧(ジゥロン)はそれ以上会話を交わすのを止める。  そんな梓楽(ズーラ)の後ろに静かに控えるように立っているのは、第三皇子の緑葉(リュイェ)。彼の髪は他の者たちと違い、全体的には短いが前髪だけ長く、左眼が隠れているのが特徴的だ。  雰囲気的にとても陰鬱で、暗い印象しかない。かといって気が弱いわけではなく、梓楽(ズーラ)に続いて残忍な彼は、執拗に陰湿な殺し方をするため、ある意味魔族としては優秀と言えるだろう。  長い前髪から覗く細い眼は薄緑色をしており、纏う衣も同じ色だった。少し猫背気味で、日々自身の趣味である研究に勤しんでおり、他の兄たちに比べて容姿は劣る。とにかくこの兄に対しては理解不能で、不気味な印象しかない。  このふたりは会話こそ噛み合わないが、似た者同士という感じだろうか。特に仲が良いわけでもなく、梓楽(ズーラ)の権力下にいるわけでもないらしい。たまたま一緒になったのだろう。  個性的な面々が揃い、後は大王が現れるを待つのみだった。一体、自分たちを集めて何を話すつもりなのか。  藍玉(ランユー)は問い質したいことがあったが、これ以上梓楽(ズーラ)と対峙していたら、感情を抑えられなくなりそうだったので、そっと目を閉じる。 (······桃李(タオリー)兄上、)  宮殿の者たちを皆殺しにした上、桃李(タオリー)を攫い、贄奴隷にしたのだと報告にはあった。それが真実だとしたら、絶対に赦せない。  なんのためにそんなことをする必要があったのか。自分の意思でやったのか。聞きたいことは山ほどあった。  けれども真実を知ったところで桃李(タオリー)は戻って来ないし、この気持ちがどうにかなるものでもない。  藍玉(ランユー)はひとり、暗い気持ちを抱えたまま、そこに渦巻く感情を殺した。

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