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2-5 手がかり
様々な種類の箱を売り物とする行商人向けのその店は、店頭での販売よりも受注を受けて大量に生産するのを生業としているが、もちろん普通に購入することも可能らしい。
大小さまざま、値段もさまざまな箱を扱うその店は、こじんまりとした印象を受けるが、商品が並ぶ棚は見やすく、几帳面なくらい綺麗に整えられた店内を見るに、かなり儲かっているようだ。
可愛らしい花模様で飾られた小さめの箱を手に取り、紅玉 は物珍しそうにいろんな角度から眺めはじめる。
「おい、勘がどうとか言っておいて、単に遊びに来たわけじゃないだろうな?」
呆れた顔で隣に佇み、暁狼 は眉を顰める。声は抑えているが、どこか責めたような口調で訊ねる。
「兄さん、ここは商人の町だよ? ということは、タダ で情報を教えてくれるひとばかりじゃないよね?仲良くなるにはどうしたら良いと思う?」
「なにが言いたいんだ? あのばあさんが本当に何か知っていると思っているのか? そもそも、毎日違う客が出入りするのに、その中のひとりの顔なんて憶えているわけがないだろう?」
この店に入る直前、紅玉 は本当に簡潔に説明してくれたのだが····。
『呪詛の原因であるだろう人形が、あの邸にたくさん隠されていたことは話したよね? 布で作られた人形の形はみんなバラバラだったんだけど、それが入っていた箱は、みんな同じだったんだ』
だから、自分の"勘"がこの店だと、自信満々に言うのだった。
確かに、箱だけを取り扱っている店はここだけのようで、値段も庶民でも気軽に買える物が多い。すべての人形の形が歪なことから、呪詛がバラバラの時期に置かれていた事を前提とすると、箱だけが同じなのは不思議だった。
いやその前に、昨夜の内にそこまで情報を得ていたということに驚くべきだろう。そうなると趙螢 の許可を貰ってからすぐに動いたことになる。やはり、あの仙人もどきは只者ではないようだ。
「そうだね、一回きりならさすがに無理かもね。でもこの犯人は定期的に購入している、つまり常連さんになっているはず。何度も訪れていれば、店主も顔馴染みになっていると思うんだ」
耳打ちするように小さな声で囁きながら、手に持っていた可愛らしい花模様の箱を、暁狼 の手の中に自然に手渡す。
無意識に手を出し受け取ったわけだが、改めて手の中の箱に視線を落として顔を歪めた。
「········なぜ俺に渡した?」
「だって、僕、お金持っていないから。それに、こういう時は年上のひとが払うって聞いたよ?」
首を傾げてそんなことを言う紅玉 だが、暁狼 に媚びているわけではなく、本当にそれを言った者の言葉を信じているようだ。この青年がどこかの名家の公子だとしたら、世間知らずなのは当然だろう。
それを彼に説いたのは、彼を弟子にしたあの仙人もどきに違いない。
「昨日今日会ったばかりの俺が、なぜお前のためにこんな箱を買う必要が?」
「僕のため じゃなくて、事件解決のため、だよ」
ぐっと暁狼 は自分で言った言葉に対して、紅玉 が真顔で返して来たので、言葉を詰まらせる。
「ほら、早く早く!」
「お、おい! わかったから、押すなっ」
まったく納得していない暁狼 のことなど気にすることもなく、紅玉 が後ろに回ってその背中を押し、店番をしている老婆の所へと連れて行く。
「おばあちゃん、これください!」
後ろから顔を覗かせて、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべ、紅玉 は明るい声で老婆に話しかける。
「おやおや、大きな買い物だね」
老婆は揶揄うようにそんなことを言って、暁狼 を見上げた。ちょっと待て、どういう意味だ?と心の中で問うが、すぐにその意味に気付く。
「え? そうかな? どちらかと言えば可愛い方だと思うけど、」
「ふふ。面白い子だね。ふたりは兄弟かい? 仲が良くて微笑ましいね、」
老婆は目尻に皺を寄せて、仏のような笑みを浮かべている。先程の会話が聞こえていたのだろうか?それならば都合が良い。
「うん、そうだよ。母上に贈り物をしようってふたりで相談してて。手作りの物だから、どうせなら素敵な箱に入れて贈ろうってことになったんだ。それで偶然、この可愛らしい箱を見つけたから、ぴったりだと思って!」
暁狼 はよくもそんな嘘が次々と口から出て来るな、と呆れつつも感心していた。頭の回転が速くないと、ここまでの芸当はできないだろう。
「おや、それは素晴らしいことだねぇ。どれ、親孝行な坊ちゃんに、ちょっとおまけしてあげようか」
「本当に? ありがとう、おばあちゃん! あんまり持ち合わせがなかったからすごく助かるよ!良かったね、兄さん」
見上げて来る紅玉 に悪気がないのはわかるが、それはつまり、自分の持ち合わせの心配をしていると言っているようなものだ。
一応、前回解決した時の報酬がまだ残っており、この箱くらいなら正規の値段で買ってもこの後の旅に支障はない。口を出したい気持ちでいっぱいだったが、余計なことを言ってこの計画を壊すのも気が引けた。
「ここはおばあちゃんのお店? おばあちゃんは、いつもひとりで店番をしているの?」
「そうだよ。息子たちが作った物を並べて、お客さんからの注文を受けたり、こうやって時々可愛いお客さんと会話したり。楽しくやってるよ」
老婆と自分たちを隔てる低い台の上に箱を置き、勘定を済ませる。簡易的な包装で箱を包んでいる老婆は、紅玉 の問いにのんびりとした口調で答えた。
「常連さんとかもいる?」
「ああ、もちろんいるよ。言っても、ほとんど行商人たちだけどね」
「ほとんどってことは、そうじゃないひともいるんだ。そのひとは、たくさん贈り物をするお金持ちなんだね!」
と、思うだろう? と老婆はにこにこと優しい表情で、包装を終えた箱を紅玉 に手渡す。ありがとう、と礼を言い、その言葉の続きを待つ。
「それがね、健気な子なんだよ。毎月、大好きなひとのために贈り物をしているって言っていたね。同じ型の箱を買ってくれるんだ。一度にたくさんは買えないからって、毎月お給料が入ったらひと箱だけ買っていくんだ。あの格好は、どこかの行商の女中じゃないかねぇ。良い子だから、いつもおまけしてあげているんだよ」
紅玉 と暁狼 は思わずふたり、視線を重ねる。
「そっか。その子は、すごく良い子なんだね。僕も見習わないと!」
「おや、坊ちゃんも十分良い子だと思うがね。その手作りの贈り物を貰った母親は、きっと喜んでくれるだろうねぇ」
ありがとう、おばあちゃん、と紅玉 は頭を下げ、暁狼 も軽く会釈をすると、ふたり並んで店を後にした。
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