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第41話 神様行方不明事件

 直桜が通う神代大学の程近くに、小さな神社がある。土地神として近所の氏子に守られ続けてきたお社だ。  その程裏手に位置する小さな里山の麓にある祠の前に、直桜と護は立っていた。  石に刻まれた文字は風化して、何を祀った祠かもわからない。 「この祠が、向こうに見える神社が祀っている神様なんですね」  護が感心した声で呟く。  田畑が広がり眺めが良いので、民家の知覚にある社が良く見える。 「そう。社ってのは、いわば礼拝堂みたいなもんでさ。神様に挨拶するための場所でしかない。本当に神様が鎮座する場所っていうのは禁足地になっていたり険しい山の頂だったり、こんな風に誰も目もくれないような祠だったりするんだよ」  直桜は祠に手を翳した。 「どうですか?」  先ほどまでと違い、護の声に緊張が走る。  直桜は首を振った。 「気配を感じない。この中に、神様はいない」  直桜が立ち上がる。  護が険しい顔で祠を見詰めていた。 「梛木の報告を含めたら、これで七か所目だね。もう二か所、廻ろうか」  護が頷き、車に戻っていく。  その姿を追いながら、直桜は暑さの滲む空を見上げた。  事の発端は、神倉梛木からの火急の知らせだった。 『首都圏近辺の小さな神社から神が姿を消している』とメッセージが入ったのだ。梛木自身も神だ。気配は誰よりも鋭敏に感じ取れるのだろう。  東京近辺は自分が確認するから、埼玉の目ぼしい場所を確認しろとの指示だった。  いつもなら清人を介して入ってくる仕事の依頼だが、梛木本人から直接届いた。 (よっぽど焦ってるんだろうな、あの梛木が)  いつも余裕綽々で悠然と薄ら笑んでいる顔しか記憶にない。そんな梛木が形振り構わず連絡をしてくるくらいなのだから、火急なのだろう。  何より、直桜にも覚えがあった。 (福徳稲荷に縫井がいなかったのは、偶然じゃないかもしれない)  日本橋の薬祖神社にいる少彦名命からは、まだ報せがない。だが、全くの無関係とも思えなかった。 「結局、神倉副班長が指定した神社に神様はいませんでしたね」  二つの神社を廻り終え、帰路に就く。  直桜は梛木から送られてきた地図を確認していた。 「何処も小さな社ばかりだ。それもちゃんと信仰が残っている、土着の神様ばっかり。一番大きな神社が福徳って感じだな」  今日回った三か所も、有名神社のように人が押し寄せる観光地化した神社ではない。地元の氏子に守られて、祭りや神事を行い大事にされている神社ばかりだ。 「名のある大神ではなく、小さな神様を集めているんでしょうか?」  護の問いかけに、首を捻る。 「そうなんだろうね。小さいっていっても、信仰がある以上、力はそこそこあるはずなんだけどな。そう簡単に搾取されたりしないはず」 「確かに、今日回った神社は、どこも整備が行き届いていましたし、大事にされている雰囲気でしたね」  神が拠所とする力の源は信仰だ。人が想う力が神力を高める。観光地化するほど大きな社の名の知れた神は言うまでもなく、小さな社でも信仰が続いている限り神が力を落とすことはない。 「土着の神を土地から引き剥がす力があるヤツの仕業ってことか」 「罰当たりな話ですね。一体、どう利用するつもりなのか」  スマホを素早くスクロールする。  地図のマーキングは東京の日本橋周辺と埼玉の岩槻周辺に偏っている。 「反魂儀呪で決まり、ですかね」 「こんなことするの、アイツ等しかいないでしょ」  二人同時にため息が出た。 「問題は、集めた御柱を使って何をするか、ですが」 「さぁねぇ。今の時点じゃ見当もつかないなぁ。一つ予測が立つのは、相当強い術者がいるってだけ。土地神を誘拐なんて、普通はできないからね」 「強い術者がいると仮定して、ならば何故、枉津日神を我々に引き渡したのでしょう。扱いきれなかった、とか?」 「まぁ、そうだろうね。依代になる人間が見つからなかったんだろう」  八張槐と接触した時、槐は自分から封印した枉津日神を直桜たちに引き渡した。手に負えなくなって放り出したのだと思っていたが。 (枉津日神は、かなり弱ってた。それでも恐らく、今回誘拐された土着の神々より神力は強い。持て余したのは間違いないだろうが) 「枉津日神でやろうとしていたことを、他の神でやろうとしている、とかかな」 「例えば?」  車を運転しながら、護がちらりと直桜を窺う。  直桜は押し黙って考え込んだ。 「例えば、あのまま枉津日神を封じて置いたら、どうなっていたんでしょう」 「かなり弱ってたから、消滅するか、もしくは荒魂(あらみたま)になっていたか」  自分の言葉に、はっとした。 「荒魂、か。そうか、枉津日神もなりかけたんだ。だから手に負えなくなって、俺にぶん投げたわけだ。なるほど、その可能性が、一番高い」  一人納得する直桜に護が困惑の表情を向ける。 「わかるように説明してください」  握っていたスマホが鳴る。  梛木からのメッセージを呼んで、直桜は護を振り返った。 「梛木が律姉さんと一緒に事務所に来るって。急いで戻ろう」  直桜をチラ見した護が、意外な顔をした。 「ん? どしたの?」 「いえ、直桜が何時になく嬉しそうだから、珍しいなと思いまして」  指摘されて、自分の顔をフニフニと触る。 「俺、そんな顔していた?」 「ええ、あまり見ない表情をしていましたよ」  そう話す護も、どこか嬉しそうだ。  護の横顔を眺めながら、久々に会う友人と従姉弟を思い浮かべ、少しだけ浮足立っていた。

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